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文学ノート#2| 『お守り』 山川方夫
──君、ダイナマイトは要らないかね?
一行目から、あまりに素晴らしすぎた!!!
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短編小説『お守り』
初出:「三社連合」北海道新聞日曜版 1960(昭和35)年3月。
作者:山川方夫(1930-1965)
小説家。都会的な作風やショートショートで活躍。
慶應義塾大学文学部を中心に刊行されてきた文芸雑誌『三田文学』を編集。
交通事故により、34歳で急逝。
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「──君、ダイナマイトは要らないかね?」と友人の関口が、「僕」に訊ねてくるインパクト大の場面から、物語が始まる。
本作は、突然のことに戸惑った「僕」に対し、関口がダイナマイトを所持するに至った経緯を話す、という内容だ。
ちなみに、ダイナマイトは、彼が建築関係の仕事をしているために入手可能だったとのこと。
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序盤から大きなミステリーとして、関口がダイナマイトを持っていることもそうだが、なぜ、それを「僕」にあげようとしているのか? という疑問を問う方が、面白く読めるだろう。
関口は、かねてより憧れであった現代的なアパートに引っ越していた。
高度経済成長期の'60年代日本では、古い日本家屋をはなれ、公団住宅へ移り住むことが一種のステータスとされていた。ちなみにその後、'70代に入り、夢のマイホームと謳われるようになった。
しかし関口は、せっかく手に入れた公団住宅での暮らしが、悩みの原因だと言う。
団地アパートだもの、みんなが同一の規格の部屋に住んでいるのはわかっている。が、ぼくは思ったんだ。知らぬうちに、ぼくらは生活まで規格化されているんじゃないだろうか、と。
ぼくは同一の環境、同一の日常の順序が、同一の生理、同一の感情にぼくらをみちびいて行くのではないか、と考えはじめたんだ。でも、それだったら、ぼくたちはまるでデパートの玩具売場にならんだ無数の玩具の兵隊と同じじゃないか。無数の、規格品の操り人形といっしょだ。
トイレの水を流すと、上階の同じ場所からも、同じ水の音が聞こえてくる。
夫婦喧嘩をしていると、隣室からも夫婦喧嘩の声が聞こえてくる。
夜、夫婦で枕を共にする時、ひょっとして他の部屋でも、まったく同じ体勢でまったく同じ動きを……と考えてしまい、気分が萎えることもあった。
そしてある時、決定的な出来事が起こる。
仕事から帰ってきた関口が、自分の部屋の階の公共通路を歩いていると、知らない男が自分の部屋に入っていくところを目撃する。妻が在宅中のため、不倫を疑った。あるいは、自分が、部屋を間違えているのだろうか?
しかし、部屋番号は合っている。そっと扉をあけ、なかを覗く。
男は、間違いに気づかず、ソファーで寛いでいるではないか。妻も「おかえり」とか言って、知らない男だと気付かずに、料理を作り続けている。
この一件に、関口はひどく傷ついた。
いくら顔を合わせていないとはいえ、じつの夫と、知らない男とを間違えるものだろうか。そんなに自分とあの男は似ているのだろうか。最愛の妻でさえ気付かない程に?
同一の規格の部屋に住んでいると、そこで生活する人間までもが同一の規格になってしまうのか?
この一件以降、アパート暮らしに不安を覚えるようになり、やがて、ある発想からダイナマイトを所持することになった。そして、結局は不要になり、僕に対し「──君、ダイナマイトは要らないかね?」と言う。
青空文庫でも読める短編であるため、核心部については、ぜひ、読んでいただきたい。
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小説家・山川方夫の作風が、「都会的」と評されるように、本作では、当時、都市生活をしていた若者の、アイデンティティの揺らぎに対する不安が表れている。
集団から逸脱することなく、同一規格のアパートで同一規格の生活を送ることは、昔から村社会に馴染んできた日本人にとって、一見、相性が良いように思える。しかし、本作では、それをさらに深掘りし、その先に隠れている問題が暴かれるのだ。
作中でも言及されているが、たとえば、夫婦喧嘩自体は良い事ではないけれど、それと同時に、喧嘩をする二人、という関係性においては、特別性を持つものでもあるだろう。しかし、長い生活の中で築いてきたこうした特別性すらも、基礎である生活段階で、すでに同一規格化されているのだとしたら……
愛する者への愛の過程すらも、あらかじめ同一規格化された所産であるならば、自分たち人間は、大量生産された玩具と同じではないか?
関口の危機感は、ここに表れている。
皆同じような振る舞いをする村社会でも、家単位で見れば、各々がまったく異なった生活をしてきた。築年数の古い戸建てを、都度改修し、その家にしかない歴史が作られていく。本来、そのようにブリコラージュした家に暮らすことで、生活レベルの個性を獲得してきたのではないか。
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本作が1960年に発表されたことを考えると、先見性に優れた作品であることは間違いない。
取り換え可能な存在、というテーマの小説は、元軍国主義国の戦後作家にとって珍しいものではなかった。しかし、それを都市生活と結びつけて文学にする試みは、当時では新しい感覚であっただろう。
前衛的な手法で、都市文学を構築・発展させた安部公房の存在が思い出されるが、年齢は5つしか変わらない。34歳で急逝しなければ……と、つい、たらればを言いたくなってしまう。
また、安部と比較したくなる作風でありながら、平易な文体で書かれていて、読みやすい。そのため、読み味は、柴田元幸訳のポール・オースター「ニューヨーク三部作」に近いものを感じた。
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ほかにも、おすすめの山川作品を知っている方がいましたら、ご意見・ご感想をいただけると嬉しいです。
『お守り』 山川方夫 青空文庫
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