百一話 盧溝橋戦
「朝五時頃な。堤防上の支那兵が一斉に射撃して来た。対する友軍歩兵砲が龍王廟のトーチカや盧溝橋北側の陣地に炸裂した。天地を揺るがす轟音が響き、第一線歩兵が堤防目掛けて突入したよ。この東北健児たるや敵の凄まじい猛射をまったく恐れてなかった。次いで、敵重火器が陣取る中之島や対岸の部隊と激闘する。この時、一木大隊主力が堤防に進出すると、それまで城壁に白旗を上げていた盧溝橋城内の支那軍が猛然と側射してきた」
「裏切りもいいとこですね」
「まったくだ。一木大隊長はこの隊勢で城内を攻撃するのは不利なため、後続の友軍に任せ、そのまま前進。中之島と西岸の敵を歩兵砲で攻撃し、続いて第一線に渡河を命じた」
「なんと!ここで水練が活きるんですね」
「まあ、一応な。鉄橋の北側と龍王廟附近は渇水期何とか歩いて渡れる箇所があったんだ。ただ、河底は泥寧もあり、そもそも敵重機猛射を眼前に数百米を渡るんだぜ。水飛沫は勿論、砲撃による危険な破裂片や土砂が飛び散り、火焔や黒煙が立ち昇る中での渡河だ。無論、間断なく銃弾が飛んでくる。とにかく、胸まで浸った身を屈め、河底に気を配りながら、遮二無二前進したよ」
「一体どうなったのでしょう・・・」
「この戦いで我が方准尉以下死者九名、負傷者約三十名の被害を蒙った。その上で、各隊、中之島に陣取る敵を屠り、対岸の敵も撃退した。大隊全部が集結したのが朝七時頃。その後、永定河西地区の敵の動静を警戒しつつ、死傷者の収容部隊の整頓を行った。不眠不休で往生したよ」
「・・・・・」
言葉が出ずに居た。
文句のない、絵にかいたような戦場の壮烈さ。しかも勝っている――兵長のいくさ話には、浅井がそれまで思い描いていた理想の光景が在った。否、浅井の想像など遙かに超えていたと言っていい。
「そこから先がまた大変だった」
浅井の羨望の眼差しに釘を刺すように、兵長寺尾は言葉を発した。