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六十九話 崩壊
「オーナー!自分、余った麺で鳥がらラーメンやってみたいんですけど、いいっすか?」
水城は葛西に気に入られたと思った。もっとも当の本人も親不孝通りの突き当り、左へ折れたところの公園でスカウトされたというもの、最近では業務の権限も増え、飲食にハマりつつあった。
つまり、自発的、自分の意志のよる提案である。
唐突な意見に、葛西の表情がやや曇った。然るに遠藤は尚のことである。
が、やがて葛西は笑顔になった。
「仕事は自分からやらねばいかんわな。まぁ、レパートリーは多いに越したことはないし、ちょうど麺も不要になったとこだ。腐らしても損だし、その企画、やるだけやってみろ」
「ありがとうございます!!」
「ちょっ、ちょ、ちょ、無闇に仕事任せるのはやめましょうよ!」
遠藤が制止する。
「ミチオ、お前はちょっとは水城を見習った方がいい。お前とちがってコイツ出世するよ」
「見習うって、何をどう見習うーんすかっ?!」
「積極性だ」
「自分も積極的にやってるじゃないですか」
「お前のは積極性の方向を間違っている」
「・・・」
怒りで言葉が詰まった。
「いいっすよ!明日以降わかることです。誰がこの店支配してるかってことが」
遠藤の返しに、水城は一瞬吹く。
二人の視線が水城に向かう。
水城は密かに、自分が最も客に支持されると読んでいた。
「棚ボタもの成り行きでこの店を乗っ取る。その暁には水城ラーメンに改名し、予備校の客を引き受ける。博多では珍しい鳥ガラ。客に受けること間違いなしだ」
心の声が喉まで出かるのを我慢した。
こうして店の存亡を賭けた戦いが始まった。
翌早朝、準備の整っていた葛西と遠藤が先行する。「長浜ラーメン道夫」と銘打ちながら、ラーメンのメニューが消えていることに驚く漁師たちだったが、早々漁に出なければならない事情もあり、適度に注文して平らげた。
数時間後には、水城の鳥ガラが店先に並んだ。皮を剥いだ鶏数羽を丸ごとビニール袋に封入し、日長外で放置する。葛西の豚の寸胴を参考に、インパクト重視で購買につなげる戦略だった。
昼になると、遠藤の臓物フェアが始まり、夕方からは葛西のキムチディナーが幕を開けた。
いずれも同時進行でしっちゃかめっちゃかである。
まず、無造作に入口に置かれた鶏のガラを見て、大人はギョッとし、蛇と間違えたOLが悲鳴を上げた。近所のガキらは、感触を試したいのか、足や自転車で踏んで行ったり、遊びでオチンポをつけたりした。
それを料理未経験の水城が、一切湯通し、湯切りをせず、そのまま数羽寸胴に入れる。カウンター越し、目の前で堂々これをやるのだから、客は焦り狂った。
臓物がアイデンティティの遠藤は、豚の髄まで入れた。これにより、臓物は精力つくが、頭も良くなると触れ込み、客に勧めた。豚の脳味噌はそのまま出すとさすがに誰も食べなかったので、客にわからぬよう味噌汁にして出した。
葛西も豚の睾丸をキムチでロールキャベツ風に包んだ「キムチの奴隷」を「精力がつくどころかSMプレーにも耐えられる」と激推しした。また、単品だけでなく、よりバラエティーに富んだ方がいいと思い、一本鞭に見立てた牛の尻尾や蛇の尻尾でテールラーメンを作って提供した。
次の日「長浜ラーメン道夫」は、新聞に載った。
食中毒十名、Oー157感染者五名、危篤二名、さらには店内に入って来た悪い蚊に刺され、数名日本脳炎になった者もいた。足してみると、ほぼ昨日来た客全員である。
前代未聞の出来事に、保健所の人間や地元西日本新聞・RKBの記者、果ては知事まで押し寄せ、開店初の千客万来、黒山の人だかりとなった。
葛西と遠藤は店前で捕まり、共同経営者として、現行犯記者会見を受ける。二人とも目のところに黒い線を入れられ、「晴天の霹靂」とか「水城学園のバイトが悪い」と答えていたが、報道陣の厳しいツッコミに耐え切れず、支離滅裂になった。
別途、水城もインタビューを受けていた。朝刊を見て危険を察知、逃げ足早く即座に飛んだ水城は「自分は単なる予備校生で、雇われスポットバイト。言われたことをただ淡々とやっていただけ」と強調し、その上で「こうなることは始めからわかっていた。傍から見ていて自明の理、自業自得だった」と証言。調子に乗って、一切の罪を免れた。
保健所から当然ながら即営業停止命令が出た。と同時に飲食店営業許可も取り消される。
これを受けた葛西が「オリジナリティー溢れる地域一番店を目指していただけに残念」と答え、遠藤とともに頭を垂れると、野次馬のオバはんから「お兄さんたちは、博多の人じゃなか」とダメ出しされた。
「あんた、北海道の人やないやろ」
味噌ラーメンかさい時代の既視感・・・。
ダウン寸前のボクサーの如く、葛西はフラフラになる。
遠藤ともども気力だけで立っているのがやっとだった。