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十話 朝鮮

 「釜山に着いたぞ!」

 同年兵のざわめきが聞こえ、浅井は目覚めた。
 当時、朝鮮は日本の一部とはいえ、無論浅井にとって初めての外地だ。古くは、豊臣秀吉がオールジャパン、戦国ドリームチームで成敗した朝鮮。かような地に自らも日本兵として上陸、馳せ参じる。自らの参上にざわめき、血が騒いだ。
 
 各々の輸送船は艀(はしけ)に押されて着岸している。
 前の兵についてデッキに出ると、日本の鉄道より幅の広い線路が波止場近くまで延びていた。
 その線路上、内地の貨車より大きな黒い有蓋貨車が、長々と連なっている。灰色の寒空の下、先頭の機関車二輌が、朦朦と黒煙を上げていた。
 軍の機材を載せて朝鮮半島を縦断、鴨緑江を渡って満州に入り、そこから西へ向かって支那に入る列車だなと思った。
 
 輸送船を降りた新兵たちは、その有蓋貨車に向かった。
 二十名を一班とし、班長に指揮され藁が深々と敷き詰められた貨車の中に入る。浅井は車内を一瞥し、窓際に背嚢を下ろして自分の居場所を確保した。東京の親友・林(りん)の出身地である大邱をもし通れば見ようと思ったからだ。
 
 林は小学生の頃から、浅井の母・芳枝が経営する精密螺子(ねじ)工場で働いていた。以前は林の父親が働いていたが病死し、替わりに働くようになったのだ。
 当時の少年たちの間では、戦争ごっこの他にベーゴマ遊びが流行っていた。ベーゴマの側面に紐を巻き、互いに勢いよく地に放つ。その直後、地上でガッチャンコさせ、先に倒れて回転が止まった方の負け。真剣勝負では、敗者は勝者にベーゴマを獲られる。
 ガチンコで負けが混んでいた浅井は起死回生を図らんと林に目を付けた。
 「林君、ベーゴマの補強とかできそう?」
 休憩時間中の林に声を掛ける。
 「あっ、こんにちは。やったことはありませんが、宏さんの頼みならやるだけやってみます」
 内心困ったなぁと思いながら、浅井が経営者の息子ゆえ断りづらい。半ば強制労働である。
 「そうか、なら、これとこれやってほしい。一つ頼むわ」
 一つと言いながら、二つ手渡す浅井。いずれも、獲られに獲られ、最後に残った虎の子のベーゴマだった。
 林はベーゴマの角を工場のグラインダーで削った。溝に鉛を流し込んで重量をつける。ひっくり返すと見た目は銀色の渦巻きウンコのようになっていた。
 
 

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