〈BOOKロングレビュー〉生物音響学会『生き物と音の事典』【2020.4 145】
■この記事は…
2020年4月20日発刊のintoxicate 145〈お茶の間レヴューBOOK〉掲載記事。生物音響学会編纂の2019年11月1日発売「生き物と音の事典」をレビューした記事です。
intoxicate 145
【DICTIONARY】
生き物と音の事典
生物音響学会/編
朝倉書店
ISBN:9784254171679
※タワーオンラインでの取り扱いはございません
生物と音のかかわり〜音響コミュニケーションとは?(小沼純一 音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)
穏やかな顔をしているネコが、急に、ぴょ、っと顔をあげ、ある方角に目をむける。すやすやと目をつぶって眠っているかにみえるイヌの耳がぴくぴくうごく。よくある光景。きっとこちらに聞こえない音がしているんだろうな。おなじ世界にいるとおもっていても、感じているものが違っている。把握できているものが異なっている。気づかされるのはそんなとき。
イヌはヒトよりずっと聞こえる音の範囲が広い、とか、コウモリはみずから音波を発し位置を確認している、とか、クジラはうたを歌う、とか。生き物をめぐっての音のはなしを、わたしたちは知っている。ネットを検索すれば、生き物の可聴範囲が図示されているのをみつけることもできる。こうした知識は、だが、断片的だ。往々にして、わずかに知っていることで満足している。
古代から、個別の生き物と音についての知見はあった。20世紀も後半になって、生物音響学の学会が生まれ、この列島でも2014年に(一般社団法人)生物音響学会が設立された。『生き物と音の事典』はその大きな成果だ。専門家が研究領域について、それぞれおよそ1-3ページでまとめる。グラフや数式もたくさんあるし、正直、理解できるところはかぎられる。読み物ではないから文章はそっけない。それでも、気になるところは多々あるし、わかるところだけ追っていくことで、みえてくるもの、気づけるものは膨大にある。こうしてひとつところに紙の束としてまとまっていることにも意味がある。ぱらぱらめくり、さっきみたページと対照したり、ツメ/インデックスで該当箇所をざっととらえたり、というのは大きな本であることのメリットだ。
全体は9つの部分から。「生物音響学」とは何か、音とはどういうものかについて、導入となる第1章。つづいて、生物の種類によって、哺乳類が3章(霊長類ほか、コウモリ、海洋生物)、鳥類(都市環境のなかで鳥の歌に変化が起こっている、なども)、両生爬虫類、魚類ほか、昆虫類ほか(ここに少しだが植物もはいってくる)とつづき、第9章では「比較アプローチ」がなされる。この最後の章では、発声器官や聴覚域、耳の構造といった比較から、健常者/盲人の音情報処理の違いやコウモリ/イルカ、昆虫/コウモリ、「ヒトの感性と昆虫の発音」といった項目が挙げられる。
ヒトも生き物、生き物の一種にすぎない。音という媒質をとおして、さまざまな種がこの地球上で、異なった「(複数の)世界」を織りなしている。そのことに気づく・気づけるために。
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