「1on1」が組織を潰す!? 効果的な「1on1」にするため経営層がとるべき対策とは
組織力の強化策として、多くの企業で導入が進んでいる、「1on1」。組織エンゲージメント強化策の代表例として注目されており、皆さんも耳にする機会が増えているのではないかと思います。実際に、組織力・エンゲージメント強化の目的で導入している企業も多いでしょう。
社長や人事責任者の皆さんは、「これで我が社の業績や社員たちのやる気も向上するだろう」、「管理職と現場の社員たちとのコミュニケーションも良くなるに違いない」、「社員たちも、上司にしっかり話を聞いてもらえる仕組みができて喜んでくれるはずだ」、あるいは「これでエンゲージメントスコアがぐんと伸びるだろう」と、安心しているのではないでしょうか。しかし、本当に安心してよいのでしょうか。現場への導入後の、実態や本音を聞けていますか?
実はいま、「1on1」導入がトリガーとなって、組織コミュニケーションが更に悪化したり、退職者が相次いでいたりする企業が出ている事実をご存知でしょうか。
「1on1」を契機に現場の信頼が損なわれ、退職希望者を出してしまう可能性も
「もう諦めました……」
ある転職相談者が開口一番、発した言葉です。この方の会社では1年ほど前に「1on1」が導入され「課長とメンバー」、「部長と課長」といったように、上司部下で1on1が組まれています。
この相談者は課長職。メンバーたちと1on1を実施し、そこで出てきた相談や悩みを受け止めつつ、上司である部長との定期1on1を行なっています。
1on1を実施し始めたことで、メンバーたちからそれまで聞けていなかった社内の課題や苦言がどっと出てきました。「それはとてもよいことはだと思うのですが、これは確かに問題だなというものも多く……」と続けた相談者。メンバーからの声を、部長との1on1の際にぶつけるようになったそうです。
部長は「なるほど。確かにそれは対策を考えたほうがいいかもな」と理解を示し、「経営会議などでも検討課題にしてもらうことにする」と約束してくれたといいます。
次の1on1の際に、「前回の件、どうなりましたか?」と部長に聞くと、「いま色々と検討してくれていると思う」との回答。そんなやりとりが、その後も数回続いたそうです。
そうこうするうちに、今度は部下たちから「課長、相談の件どうですか?」と折々に確認されるようになったそうですが、相談者としても煮え切らない状況フィードバックをせざるを得ず、現場では、「1on1で聞いてくれるのはいいけど、上は結局何もする気がない」、「だったら聞かなければいいのに」といった会話が蔓延していたといいます。
「これはまずい」と、その話を部長にすると、「君が1on1の場で部下たちにしっかり向き合い、解決できていないからだ」と逆に責められる結果に。
その後、ある大型商談に役員と同席する機会があり、その前後でさりげなく本件について切り出してみたところ、本音なのか、しらを切っているのか、「そんなことは聞いていない。現場は何をやっているんだ」と、ここでも逆に叱られることに……。
この相談者は、流石にここで気持ちがぷっつりと切れてしまったそうです。
1on1で「部下の意見をしっかり聴く場」を作ったことが、それを受け止める社内の体制や風土がないために逆に裏目に出て、今回取り上げた相談者のような心ある社員の中から退職希望者を出したり、社内の雰囲気が悪くなるきっかけになったりといった事例が多く発生しているのです。
「1on1」の場を、部下は必ずしもありがたいとは思わない
1on1では、一定のペースで上司と部下間でのミーティングを組み、それまでの業務進捗の報告や、業務上の悩みなどの相談、また次の1on1までの行動計画のすり合わせといったことを行います。
1on1の目的は「上司が部下に現状の問題の解決策を自分で考えさせること」とされています。いわゆる「コーチングの場」ですね。素晴らしく見えますが、実はこの目的を原因として、1on1がメンバーたちの不満の温床となるケースが頻出しているのです。
まず論外なのは、上記のような場であるべきなのに、通常の「営業ミーティング」や「業務ミーティング」になってしまっているケース。上司が部下に「で、どうするんだ?」、「このままじゃ、まずいぞ」といった詰め方をしてしまっていることも、実態として多く起きているようです。
それを防ぐためには「部下に話をしてもらう」、「上司が先に自分の考えや答えを言ってしまわない」といったことを意識しなければならないわけですが、そうして「コーチング」に徹していると、部下からは「○○さんは、1on1で何もアドバイスしてくれない」、「結局、どうすればいいのか分からない」といった不満が生まれてしまうこともあります。
上司によっては、「信頼関係構築の場だし、上司・部下の関係にとらわれず付き合おう」と、雑談に徹する人もいるでしょう。人間関係重視の『関係動機型』タイプの上司は、1on1をこのような場とすることがいいと考える傾向にあります(これに対してタスク重視の『課題動機型』タイプの上司は、「目標達成方法のすり合わせ」をテーマにすることを好みます)。
この『関係動機型』タイプの上司との1on1を喜ぶ部下もいますが、一方で「この時間はなんなのだろう」、「忙しいのに、のんびり上司と雑談していて何になるのか」、「目的のない話し合いには参加したくない」と不満を溜める部下も少なくありません。
先述の「課長職の相談者」のケースと、この二つ目のケースで、共通して問題が大きくなる原因は、「1on1=個別コミュニケーション」という考え方にこだわるがゆえに、1on1で出てきた不満や問題がオープンにならず、根深い陰湿なネガティブ事象になってしまうことです。
社長や人事が「裏側で起きていること」に気がついたときは、すでに手遅れとなっている場合も少なくないでしょう。
「1on1」導入の前に、経営者や人事責任者が必ずやらなければならないこと
もちろん、適切に運用・実施される1on1には、大きな効用があります。定期的に「じっくり話し合う場」を持つことで、お互いの理解が深まり、信頼関係が築かれたり、業務課題を早期解決する機会になったりと、メリットは多いのです。
しかし、そのメリットを実現するような1on1を実施できる管理職が、そう多くないという事実に、経営者や人事責任者はしっかり目を向けるべきでしょう。
また、余談ではありますが、心理学的には「好意を持てる関係性の者同志」が接触頻度を高めると親密性は比例して高まりますが、「反りの合わない者同士」が接触頻度を高めると、逆に嫌悪感を高めることになります。1on1を実施することで、「より上司が嫌いになる」ということが実際に起こりえますので、お気を付けください。
私は、1on1導入の前に、必ずやらなければならないことがあると思います。それは、まず全社を「オープンな組織」にすることです。
「開かれた場で概ね誰もが、フランクにファクトベースの会話ができる」、「何か問題が起きた場合、それが隠されてしまうことがない風土やコミュニケーションの仕組みがある」、「現場意見は必ずマネジメント層や経営層まで届き、しっかり検討されたうえで現場へのフィードバックがある」といったことがセットアップされていなくては、1on1は機能しません。
そうした意味では、経営者や人事責任者の皆さんが、1on1導入にあたってまずやらなければならないのは、以下のようなことです。
●オープンなコミュニケーションができる管理職の育成、トレーニング
●上司部下における個別コミュニケーションのメリットとデメリットの前提理解
また、当然のことながら意外に多くの1on1導入企業ができていない、「自社の1on1は、何を目的としたものなのか」という目的の明確化と全社コンセンサス作りも、事前に行なっておく必要があります。
ただ形式的に1on1を実施してしまうと、上司ごとにその場のありかたが異なるような状況になってしまったり、上司・部下のコミュニケーションを閉ざしてしまったりするリスクがあります。そうなってしまっては、結果として1on1導入によって、自社の社内コミュニケーションや上司・部下の関係性、ひいては組織風土が大きく棄損されてしまう危険性があることを、ぜひご認識頂ければと思います。