静かな「真夜中」を書き起こす

「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。」

そんな言葉から始まる、川上未映子さんの「すべて真夜中の恋人たち」。
最初の文章から、まるで真夜中のように穏やかだった。

この作家さんは、名前だけ聞いていたものの、読んだのは初めてだった。

口溶けの良い、ビターなチョコレートのような文章。
言葉を完璧に”自分のものにしている”と感じた。

普通、物語では表現されにくい、会話の空気感が、焦ったいほど丁寧に描かれていて、それに圧倒される。
まるで、生々しい一人称のカメラワークを使った映像のような。そんな、生活の滑らかさがあった。

ストーリー展開としてはあまり何の変哲もない恋愛小説なのかもしれないが、その丁寧な筆致に、とても引き込まれた。

主人公は、過去に「君をみてるとね、ほんとうにいらいらするんだよ」と言われたトラウマからか、はっきりとした意見を持たない。
だからこそ────主人公の確固たる信念、心理が薄いからこそ、「主人公の感情の起伏」の代弁が、私たち読者に委ねられているように感じた。


ただ淡々と事実が述べられている中で、いつの間にか私は、主人公以上に各人物への思いを募らせ、憎しみ、安心し、楽しみ、そして不安になっていた。そして、物語の終盤では、聖にとても傷つけられた。
所詮物語の中、ではあるのだけれど、あの聖の言葉は、確かな痛みを伴った傷を私につけた(ネタバレになるので詳しいことは言わないでおく)。

恋愛観は本当に人それぞれ。とてつもない違いがあったりする。


衝撃、というよりかは、本当に穏やかな進み方だった。
主人公が常に酔っ払っているのもあるせいか、平仮名が多かったり、削るであろう会話のひとつひとつを繊細に描いていたりと、もどかしく感じる人もいるだろうけど、そのもどかしさが、静かで、本当に夜のようだった。


夜は静謐で、とても綺麗なものだと、私は思う。生活が息を潜める。孤独が露わになる。

ところで、
私は、深夜3時くらいの住宅街が好き。
カーテンが全部閉められて、耳を澄ますと人の寝息が聞こえてきそうな、あのひと気の無い時間。


まさに、夜のような小説だった。

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