『現代思想入門』哲学がイノベーションの源泉にもなることを教えてくれる(業界の歴史)
先週日曜日に久しぶりに訪れた本屋(池袋ジュンク堂)で発見し購入した1冊。ページが減るのが惜しくなるほど面白かったので、今日は睡眠不足だ。
なぜかというと、いろいろな本を読んでいると、デリダとか、ドゥールーズ、フーコー、ラカンなどの哲学者の引用を目にする。ポストモダンとかポスト構造主義という言葉は知っていたとしても、ある程度の時系列で体系だって頭に入っていない哲学の素人には、読んだところしか断片的にしか頭に入ってこないので、読後に消化不良が残ってしまうのだ。例えば、デリダの「エクリチュールと差異」を読んだときも、浅田彰の「構造と力」を読んだときも、レビューに落とし込むことができなかった。
私の場合、哲学の本を読むと、哲学の歴史からの変化の全体像が頭に入っていないので、何が今までと違い、何が特徴なのかがはっきり分からないため、知っているという前提で書かれた本の引用からの対立意見の「差異」が分からないという霧の中の読書になってしまう。このことは以前に、ユダヤ教やキリスト教、そしてイスラームを学びはじめたときと似ている。つまり、まずは一神教の「カタチ」や深層などの全体像を掴まないと、「差異」が認識できないため、理解が深まらないのとまったく同じなのだ。
「木を見て森を見ず」というが、本書により、私のような哲学の素人でも、特にポストモダンの現代思想が全体俯瞰ができたのはありがたい。特にドゥルーズの「同一性よりも差異の方が先だ」という考え方や、ポスト・ポスト構造主義の「ポスト構造主義的な同一性と差異の二項対立をさらに脱構築する」という現代思想の展開は、ドイツのH.G.ガマダーの「地平の融合」と似ているな、と感覚的に感じた。同じ大陸哲学でも、フランスとドイツの違いによるものなのかも知れないが、比較し「差異」を明らかにしたいという気持ちに駆られた。
立命館大学の文学部教授である千葉雅也氏の哲学への取り組みは、全体俯瞰能力のない私たちのような素人にはありがたく、今後の活動を期待したい。「おわりに」に書かれている彼の哲学への姿勢である「こうでなければならない、という枠から外れていくエネルギーを自分に感じ、それゆえこの世界において孤独を感じている人たちに、それを芸術的に展開してみよう、と励ますために書いた」は、哲学が人生に活力を与えてくれるだけでなく、イノベーションの源泉にもなることを教えてくれるのだろう。