6夜 不良でスケべでショタじじい
2020年春。現実の世界では、日本で初めての緊急事態宣言が出た頃。
疫病の大流行に伴い、世界規模で奇妙な悪夢を見る人が増えたという。
本当に、奇妙な夢だ。
蝶になったかと思えば、ガラスの天井で地面に落とされ。金髪のマイペース娘エルルは、同じ顔でプレイヤーの数だけ増殖し。笑顔のインフルエンス。
今度は、私がRPGでよく使う「うちの子」ユッフィーに変身したあげく。謎の首飾りに乗っ取られて暴走する。これら全部が、一晩の夢で起きた。
しかも、まだ夜は明けてくれないようだ。
「オグマ様ぁ!」
「なんじゃい、エルルよ」
私の担当になったエルルちゃんズのひとりが、私の胸元の首飾りに向かって珍しく真顔で怒っている。孫とおじいちゃんみたいなやりとり。
スーパー銭湯「湯っフィーの里」の待合ロビーは、あれだけの大立ち回りがあったのに、ヒュプノクラフトの家具を除いては無傷。どうやら、夢の中でどれだけ暴れようと、現実の街を破壊してしまう心配は無用らしい。
拡張現実の映像が、本当の現実に干渉できないのと同じだ。道化人形の残骸も、綺麗さっぱり消えていて。夢の方では、続くお説教タイム。
「オグマ様じゃなければぁ『また』追放ものでしたよぉ」
「そもそも、こうなったのも。元はと言えば…」
首飾りの宝石から、私の方へ視線が向けられる。
「ユッフィーよ。おぬしが、純情なワシをたぶらかしたりするからじゃ」
夢は、忘れるものだ。
それはときに安全装置でもあり、とんだ厄介ごとの種にもなる。今回は残念ながら、後者のほうだった。
「…わたくしが!?」
まったく事情が分からず、目をパチパチさせる青髪の褐色娘。
「ワシをその気にさせておいて、忘れるとは。とんだ薄情者じゃよ」
助け船を求めて、エルルへ視線を向けると。
何か意味深な笑みを浮かべながら、忍び笑いの声を必死にこらえていた。
「エルル様。事情を知ってますのね?」
「ユッフィーさぁん、ごめん…ぷっ、あはは」
もう、何が何だか。ドタバタのラブコメ的な?
「まあよい。おぬしには闇の妖精、ドヴェルグの加護がある。そのチカラで何を成すかは、おぬし次第」
「この、褐色の肌のことですわね」
そう、それだけは。私の「うちの子」ユッフィーの設定とは違っていた。
「そうじゃな。忘れる前のおぬしも、忘れることを想定していた。それで、ワシと契約を交わし、対価を支払って『ブリーシンガメン』を作らせた」
「炎の首飾り、ですわね。北欧神話の」
オグマと呼ばれる、老人口調の少年。彼が、ユッフィーの胸元で輝く首飾りの作者らしい。その入手方法は…だいだい察しがつくけど、恥ずかしいからここには書かない。興味を持った人が調べればいい。
だいたい、神話の通りなのだろう。現代人とは、感覚がまるで違う。
ドヴェルグは、RPGでお馴染み「ドワーフ」のモデルになった神話の妖精。北欧の神々に数々の神器をこしらえたが、性格はひねくれ者で。元は原初の巨人ユミルの死体から生じたウジ虫だったとも言われる、男だけの種族。
「男だけのドヴェルグが、現代地球のドワーフ娘を見たら。驚くのも理解はできますわね」
「地球には、東方のドワーフ氏族がいると。おぬしの話ではないか」
確かに、日本人はドワーフだ。欧米人と比較して背が低いし、優れた職人がいて、頑固な気質でも知られる。酒にだけは弱いかもしれないが。日本神話のイワナガヒメは、東方ドワーフ全ての母なのだろう。岩の姫なだけに。
表向きはイワナガヒメの妹、コノハナサクヤビメが皇室の祖先神=日本人のルーツになっているが。何か事情があって、そうなったのだろうか。
話を本題に戻そう。
私はなぜ、女神フレイヤの首飾りを欲したのか。何か、神話とは別の理由があったはずだ。どちらかと言えば、見た目より中身重視の人なので。
「道化の配った仮面は、さっき8割ほど解析した。通信や財布の機能なら、ブリーシンガメンでも使えるぞい」
「オグマ様は、凄腕のヒュプノクラフト職人ですのね」
首飾りが仮面を飲み込んだとき、その機能を取り込んだか。ここは、素直にほめておく。気難しいが、味方にできれば心強いのは確か。私が『そこまでやった』のも理解できる。少年にはできない、オトナのファンタジー。
首飾りを求めた根本の動機だけは、謎のままだけど。
「じゃがな、ユッフィーよ。変身の機能だけは、自由に使わせてやらんぞ。おぬしのおっぱい枕は、ワシのものじゃからな」
「きゃ〜、お熱いですのぉ♪」
そういう問題だろうか。はしゃぐエルルちゃん。
「まさか、リモートで話すだけじゃなく。首飾りに触覚がありますの?」
「ワシの本体は、フリングホルニ防衛の準備で忙しい。じゃが、本体と擬似人格は感覚を共有していてな。ときどき疲れを癒させてもらうぞ」
首飾りに宿ったオグマの人格も、本体とはまた別個なのか。
まさかの永続バフバフ。24時間おたのしみ…!
思わず、胸元の宝石をつまみ上げて。まじまじと見てしまうユッフィー。
イタズラ心がむくむくと湧いてきて。息を吹きかけたり、チュッとキスしてみたり。
「お、おぉぉぅ!」
ビクビク震える、赤い宝石。ナニコレ。
私は夢の中では、今後ずっとユッフィーの姿のまま。中身はおっさんだけど背が低いとか、胸が重いとか。慣れていかないときついな…。
呪いの泉に落ちて、水をかぶると女の子に変わってしまう特異体質になった少年と。はたしてどちらが大変だろうか。
「わたくし、こう見えて人妻ですのよ」
「なぬ!?ならば、おぬしはワシの愛人じゃ」
冗談で返したら、ムキになってきた。
ちょっと可愛いかも、この不良でスケベなショタジジイ。