11代目ピーター・パン、堂々登場~ミュージカル『ピーター・パン』~
日本初上演から43年目の2023年、ミュージカル『ピーター・パン』(以下、本作)は、山崎玲奈を11代目ピーター・パンとして迎えた。
同時に、演出は長谷川寧が担うことになり、本当に新しい『ピーター・パン』の世界が生まれた。
新しさとして最もわかりやすいのがネバーランドの住人たちの呼称で、今までは「迷子」「海賊」「インディアン」だったものが、それぞれ「ロストボーイズ」「パイレーツ」「モリビト」になっているのだが、それはさておき、この新しいピーター・パンは、「三つの進化」によって成立しているのではないかと思われる。
一つは、「舞台技術」の進化。
「フライング技術」の進化によって複雑なフライングが可能になったのはもちろん、本作ではプロジェクションマッピングなど最新の技術が使われている。
何より驚いたのは、ついに、犬の「ナナ」が着ぐるみからパペットになったことで、これがちゃんと犬に見えるというのは確実に舞台技術の進化だ(2023年の第76回トニー賞でミュージカル・リバイバル作品賞にノミネートされた『INTO THE WOODS』の見事なパペットと同じだった)。
もう一つの進化は、「人間の身体性」。
誤解無きよう断っておくが、決して「肉体の進化」ではなく、つまり、魅力的(に見えるよう)な身体表現が、安全・安定かつ少ないストレス(演劇にはこれらが最も大切)で行えるような、「身体の使い方」としての技術が進化したということだ。
その進化した「身体性」の技術を遺憾なく発揮した本作は、だからセリフではなく、ダンスやパルクールの技術を使って展開される。
たとえば、2幕の冒頭、ネバーランドを紹介するのに、パイレーツとモリビトの対立をダンスだけで説明している。
最も身体性を強調しているのが、3幕(今年また3幕制に戻った!)の海賊船でのパイレーツたちとの決戦で、ピーターとフック船長(小野田龍之介)の一騎打ちをメインに据えているところだ。
ピーターはフライングを封印し、甲板での一騎打ちになる。途中劣勢に立たされるが、ロストボーイズからナイフを渡され、「二刀流」でフックに勝利する(つまり、ピーターは自分だけでなく、ロストボーイズたちとともに戦い、勝利したのである)。
このシーンは、客席の子どもたちから声援が上がる真剣勝負になっている。
さらに「身体性」は、ロストボーイズがウェンディたちとともにピーターと暮らす住処を出てゆくとき、ピーターとの別れの挨拶が、ほぼ全て「ボディーランゲージ」だったことにも表れている。
何より「身体性」という意味で興味深いのは、1幕の「影」を人間が演じていたことで、この「影」が「意志」を持ってピーターの影に戻ることを拒んだり、逆にピーター本人を従わせようとしたりするのである。
それは、「身体性」という意味において、パペットになったナナと対比されている。
これらを成立させるための三つ目の大事な進化が、「観客のリテラシー」である。
つまり、子どもたちは、着ぐるみの「ナナ」が人間みたいに動き回らなくても、ネバーランドでの住人の対立の構図やロストボーイズとピーターとの関係をセリフで説明しなくても、ちゃんと物語が理解できるほどの「観劇リテラシー」を持っているのだ(もちろん、「影」の不条理的行動も、全部ではないだろうが、何となくでもその本質は理解できたはずだ)。
そしてその「観客のリテラシー」の進化は、もちろん、本作が43年かけて築き上げてきた功績である。
本作がなければ、現在において、これほど多彩なミュージカルが日本で上演されることはなかっただろう。
そのことを、11代目ピーター・パンと、新しい演出家が気づかせてくれた。
メモ
ミュージカル『ピーター・パン』
2023年7月30日 ソワレ。@東京国際フォーラム ホールC(アフタートークあり)
上演後に行われたアフタートークに登壇した演出家の長谷川寧氏が、子どもたちが、ちゃんと舞台上の物語を理解していることに感心していた(長谷川氏は、毎公演、1階席後方の音響ブースから芝居をチェックしているそうだ)。
子どもたちが物語を理解できるのは、3幕制の効果もあるのではないか。
本作が3幕制である利点は、一幕ごとの上演時間が短くて子どもたちの集中力が持続できることももちろんだが、それ以上に、それぞれの幕で物語がはっきり分かれていることが理由ではないかと思う(1幕35分・子供部屋、2幕55分・ネバーランド、3幕40分・フック船長との決闘)。
3幕制に戻ったのも嬉しいが、戻ったといえば、キャストが客席に降りてくるグリーティングが復活したのは、やはり嬉しいことだった。
ちなみに本文に書き忘れたのだが、今回の演出ではフック船長とパイレーツがタイガー・リリー(江上万絢さん)を捕まえるシーンが入っていた。つまり、ストーリー的に必要な説明は、ちゃんとされているのである。
もう一つ。
今回、全て一新されたわけではなく、ウェンディ役の岡部麟さんは、唯一前年(10代目ピーター・吉柳咲良さん、森新太郎氏演出)からの続投である。前年は「ごっこ遊び」をベースにした演出だったため、全体的に年齢が低い設定だったが、今年は年齢がグンと上がって、ちゃんとピーターに恋するウェンディになっていた。
今回の演出家・長谷川氏がアフタートークで「原作のピーターは、結構残酷で驚いた」との発言をされたが、物語としての残酷さはラストシーンに表れていたと思う。
ラスト、大人になったウェンディが飛べなくなり、代わりに娘のジェインが「春の大掃除」に行くことになる。それを知ったウェンディが「私が行けたらいいのに」と言うのだが、ピーターはあっさり「ダメだよ。君は大人になっちゃたんだから」と突き放す。
これは従来からあったピーターの残酷性だが、今回はさらに、ラストシーンにおいてウェンディ一人が取り残されてしまうのだ。
これは近年見られなかった展開で、大抵の場合、「フライングするピーターとジェインを見上げるウェンディ」で幕が下りる。
今回は、ピーターとジェインは早々に舞台からいなくなってしまい、ウェンディが取り残された状態で幕が下りるのだ。
以前には、飛んでゆくピーターに「指ぬき」を差し出す、という演出があって、それは切ないエンディングだったが、今回は切なさではなく「老いることに対する残酷性」に見えて、驚いた。
さて、11代目の山﨑玲奈さん。まだ16歳であどけなさが残る表情が笑顔でキラキラしていて、まさに「ロストボーイズのキャプテン」だった。
これから毎年、どんなピーターをみせてくれるのか、とても楽しみである。
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