第33回日本映画批評家大賞 授賞式
2024年5月22日。東京・有楽町の東京国際フォーラム ホールCにて、『第33回日本映画批評家大賞 授賞式』が開かれた。
日本映画批評家大賞は、公式サイトによると、『映画界を励ます目的のもと、 現役の映画批評家が集まって実行するもので、 1991年 水野晴郎が発起人となり、淀川長治、小森和子等、 当時第一線で活躍していた現役の映画批評家たちの提唱により誕生した』とある。
2024年4月10日に発表された各賞は以下のとおり。
こうしてリストアップしてみると、毎年、観られなくて悔しい思いをするほど、たくさんの日本映画が公開されているのだと、あらためて感動する。
そんなわけで、本来なら個別に紹介しなければいけないのだろうが、私が鑑賞した作品の少なさと、知識の浅さのため、申し訳ないが、全体をまとめた個人的感想となること、ご容赦いただきたく。
始めに登壇したアフロ氏が司会の松尾貴史氏から「本当に今、島から来た人みたい」と評されたのは、紹介ビデオ(予告編)が流れた後、彼が「ほやマン」の着ぐるみで出てきたから、というのもあるが、それ以上に、舞台にいる人物がそのままアキラに見えたからだと思う。
スケジュールの都合でビデオ出演となった黒崎煌代氏の映像を見る彼の姿も、その後「黒崎はこの時間も俳優として働いていて、ビデオの彼はシゲルの顔ではないけど、それが寂しくもあり、だから嬉しい」とコメントした時の表情も、本当にアキラ兄ちゃんだった。
アフロ氏は「黒崎はもうシゲルじゃない」みたいなことを言ったが、私は彼の話し方を見て「あぁ、やっぱりシゲルだな」とも思った。
それにしても、この映画の感想文に「予告編に気後れした」と書いた私だが、会場で流れたのを見て、ジーンとしてしまった。やっぱり観てよかった。
その後に登壇したのが花瀬琴音さんで、映画『遠いところ』での彼女は、映画初出演・初主演とは思えないほどの凄まじさだったが、登壇した本人は、若干舌足らずな可愛らしい女性だった。
そのギャップに驚いたのだが、クランクインの1カ月も前から沖縄に住み、主人公のアオイと同じような境遇の女性たちにインタビューしたりしていたと聞き、フィクションとは思えない生々しさはそこから来たのかと得心した。
彼女の演技もそうだが、この映画自体が、ほとんどドキュメンタリーかと思うほどの生々しさを放っている。それは新人監督賞を受賞した工藤将亮監督が長年の取材を基に物語化したという理由もある。
しかし、これがフィクションであるのは物語の随所で工藤監督の素晴らしい演出が入ることで明確にわかる。
物語後半、アオイが経済的理由からもっと稼げる仕事をしようと決意した場面。
「もっと稼げる仕事がある」と聞かされた時のアオイの表情はあどけない(おまけに、暴力を受けて顔が腫れている)。そこからカメラはひたすら背後から彼女を捉える。再び彼女の表情を正面から捉えるのは、ホテルのエレベーターが閉まる瞬間だ。
この時のアオイの顔はまるで別人(その覚悟の表情の裏にある切迫感に、腰が抜けそうになった)で、つまり私は、その表情の変化に至るまでの演出に震えたのだ。
ということで長々書いたが、監督と主演、同時受賞はとてもうれしかった。
金子由里奈監督と『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』については、以前の拙稿に書いたので、そこから先のことを少し。
この批評家大賞の選考委員が、パンフレットで『金子監督が日常の些細なことにも目を向けていることや、現実と非現実の境界線の美しさも知っているから生まれる映像世界なのだろう』とコメントしている。
オムニバス映画『21世紀の女の子』(山戸結希企画・プロデュース、2018年)の中の一篇「projection」で、『「私と映画を撮ってください」と書いた画用紙を掲げて路上に立ち、被写体になる女の子(伊藤沙莉)』を描けたのも『現実と非現実の境界線の美しさも知っているから』ではないか。
映画文筆家の児玉美月氏は、北村匡平氏との共著『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』(フィルムアート社、2023年)の中で、『金子の作品において息づくのは、決して人間たちだけではない(略)『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』には、話す人間と話さないぬいぐるみという図式がある。(略)しかし話さないからこそ語りはじめられる物語があるのだという確信めいた探求心が金子の映画を駆動させている』と評している。
『波紋』で監督賞を受賞した荻上直子監督は、「果たし状」のような長半紙に筆で書いた(本当にそうかはわからないが……)文章を読み上げた。
自虐もあり、『批評家が賞を与えたということは"荻上よ、これからも映画を撮れ"ということであり、"プロデューサーよ、もっと荻上に資金を与えよ"ということだと理解する』(このとおりではないが、要約すればこんなこと)という皮肉交じりのユーモアを入れた文章で、会場を和やかな雰囲気にさせた。
会場での「どうしても『かもめ食堂』(2006年)などのイメージが抜けない」という選考委員のコメントに現れているように、荻上監督の20年の監督歴の大半はこれとの闘いではなかったか。
前出の『彼女たちのまなざし』で児玉氏はこう評している。
それで批評家賞を受賞したのは、きっと嬉しいことだろう。
こういった授賞式では、監督・俳優だけでなく、多くの職種の多くの人々によって作られていることが、あらためてわかる。
この賞においては、脚本賞(実は意外と地味)、撮影賞、編集賞が設けられている。
『リバー、流れないでよ』で脚本賞を受賞した上田誠氏は、「必ず2分戻るタイムリープ」の設定について、「2分が好きというのもあるが、(撮影に京都の)貴船の旅館と神社が使えることになって、その行き来を歩いて測ったら1分30秒ほどだったから」と答えた。
『スイート・マイホーム』で撮影賞を受賞した芦澤明子氏は、「斎藤工監督との事前打ち合わせでは"引きで撮ろう"ということになっていたが、現場に入ったら俳優の魅力に引き込まれて"寄り"ばかりになった」と語った。
『#マンホール』で編集賞(浦岡敬一賞)を受賞した今井大介氏は、「ここに来る前に作品を観返した。観客に編集を意識させないのが良い編集」と裏方の仕事に胸を張り、恒例となっているらしい賞に名前を冠した浦岡敬一氏の奥様からの「頭ポンポン」に嬉しそうな表情を見せた。
これらの人たちによって作られた映画を我々が観られるのは、映画館があるお陰だ。
松永文庫賞(特別賞)を受賞した八丁座は、広島市で長年続く、歌舞伎や大衆演劇もかけられそうな舞台と幕がある、レトロな佇まいの映画館だ。
女性館主は「一番あるのは借金。でも、だからこそ自分たちが良いと思う映画を自信を持って上映できる」と胸を張った。
興味深いのは俳優で、批評家大賞だからか、裏話というよりも「役へのアプローチ」に関する質問が多かったように思うが、その回答は、主演男優賞を受賞した東出昌大氏の「準備しかないです」に集約される
前出の花瀬琴音さんはもちろん、 「資料を読み込み、監督とも頻繁に話し合った」と語った助演男優賞の磯村勇斗氏は公開当時のインタビューに『最初はさとくんを100%理解しようと思いました。でも、知れば知るほど、自分が怖くなりました。これ以上理解していくと、自分ものみ込まれてしまうんじゃないか。そう思い、途中で引き返しました』(朝日新聞2023年10月13日付夕刊)。
それにはおそらく、東出氏の『Winny』も磯村氏の『月』も、実際に起こった事件・実在の人物をモデルにした作品だからというのも関係しているだろう。『Winny』公開当時の東出氏のインタビュー記事には、『事件を真正面から描き、この社会を覆う様々な問題と向き合う-。映画の趣旨に共感し、弁護団に話を聞き、裁判記録を読み込んだ。金子さんに少しでも近づこうと、映像を見て話し方の特徴を研究した』(同新聞2023年3月10日付夕刊)。
意外だったのは、新垣結衣さんの「助演女優賞は初めてでうれしい」というコメントだが、考えてみれば、ざっとWikipediaで調べてもわかるとおり、過去の受賞は「新人賞」「主演女優賞」だったのだ。彼女が語った「うれしい」には、恐らく「サポートされる若手から、若手をサポートする中堅へのキャリアアップが認められた」ことと同時に、「脱"ガッキー"」への評価に対しての感慨でもあるのだろう(映画評論家の大久保清朗氏は、『昏い目が印象的だ。冒頭、新垣結衣が回転寿司でひとり夕食をとる場面。食レポ動画を嬉々として撮影配信する役を見る彼女の、その深い井戸のような瞳』(同新聞2023年11月10日付夕刊)と評している)。
一方で、主演女優賞の筒井真理子さん、 ゴールデン・グローリー賞(水野晴郎賞)の木野花さん、ダイヤモンド大賞(淀川長治賞)の小林薫氏というベテラン3人が、揃って「自分には何もなくて、こんな賞をいただけるなんて」と恐縮しまくっていた(さらには、若手俳優より緊張しまくっていた)のが印象的だった。
受賞作全体を見渡して印象的なのは、上でも少し触れたが「実際に起こった事件・実在の人物」だったり、或いは『遠いところ』のような「マスコミなどが報じない沖縄」といった現実的で、しかも、重たい作品が多いように思う。
批評家が選出するということもあり、過去の受賞作も「対象を批評する」ような作品が多いようだが、今年はそれが顕著に表れているように思う。
それを象徴するのが、 アニメーション作品賞の『窓ぎわのトットちゃん』に対する、「この映画は反戦がテーマだ。作品を観て、戦争は突然起こるのではなく、じわじわとグラデーションを濃くしていき、いつの間にかそうなっている、それが戦争なのではないかと思った」という選考委員のコメントだった。
『ほかげ』で作品賞を受賞した塚本晋也監督も、そのコメントを受けた形で、「今、まさにグレーゾーンの中にいる」と発言した。
受賞作に「現実的で、しかも、重たい」作品が目立つのは、そのグレーゾーンのグラデーションが濃くなっていることを、作り手・観客ともに肌感覚で感じ取っているからかもしれない。
メモ
第33回日本映画批評家大賞 授賞式
2024年5月22日。@東京国際フォーラム ホールC