映画『ブックセラーズ』と古書にまつわる本
私が新宿の「シネマカリテ」で観た映画『街の上で』(今泉力哉監督、2021年)にて、主人公・青が勤務先の古着屋で店番の間に読んでいる本は、近所の古本屋で購入したものだった。
その10日後、同映画館のしかも同じ席で、ニューヨークの古書店街を舞台にしたドキュメンタリー映画『ブックセラーズ』(D・W・Young監督、2019年、日本公開 2021年。以下、本作)を観た(2021年4月24日)。
興味を引いたのは、テーマが「ブックセラー」、すなわち「古本屋の主人たち」であることだ。
彼ら/彼女らは、個人的趣味だけで「自分自身にとって価値のある本」を蒐集する「コレクター」ではないし、個人や古本屋の要望に従って本を仲介する「ディーラー」でもない。
そういう人たちから本を入手し、その価値を正しく見極め、適正な価格で、それを必要(或いは後々振り返って「あの時この本を必要としていたのだ」と思える)とする一般の人々へ提供する「使命」を生業としている人々が「ブックセラー」である。
世界中で出版されている本には、ありとあらゆる事が書かれており、それらを一手に扱うことは不可能だ。だから必然的に、ブックセラーたちにも各々得意なジャンルというのが出来、それが古書店それぞれの個性になる。
それを営むブックセラーたちが、自分が集めた古書たちを、まるで子どもがテストで満点を取ったかのような得意げな表情で活き活きと解説してくれる。
そんな表情で楽しそうに話す彼ら/彼女らを見ているだけで、私はとても幸福な気持ちになった。
本作はニューヨークを舞台にしているが、我が日本にも当然「ブックセラー」である「古本屋の主人」たちがいる。
本作のパンフレットでは、エッセイを寄稿している書店「Title」の辻山良雄氏を始め、総勢6名の主人が「古書」及び「古書店」の魅力を語っている。
「古書店」や「古書」を扱った本もたくさんある。
たとえば、古書店という「生業」については、八木沢里志著『森崎書店の日々』(小学館文庫、2010年)という小説がある(2010年に同名タイトルで日向朝子監督・菊池亜希子主演にて映画化)。
本の街・神保町の古書店が舞台で、主人は店番をするだけでなく、店に置く本やお客に頼まれた本を仕入れるために定期的に開かれるセリに出向いたり、それらに適正な値付けをしたり、配送の手続きをしたり、イベントなどで出張販売したり…
そういう古書店をいそいそと巡って、せっせと本を集める人も大勢いる。
たとえば、荻原魚雷著『古書古書話』(本の雑誌社、2019年)は、タイトルのとおり、古書店を巡って見つけた古書に纏わるエッセイ集で、荻原氏の読書、というよりも「古書集め」への愛に溢れている。
世界中の「ブックセラーズ」は、我々が素晴らしい本と出合う手助けをしてくれるが、それは所謂「本好き」「読書家」だけを相手にしているわけではない。普段、読書とは縁がない(と思っている)人にとっても、「運命の一冊」と出会うきっかけを作ってくれる、というか、自身が「そういう存在でありたい」と思っている人たちである。
そういう人たちや「運命を変える」ような本との出会いを期待して、古書店を巡るのも楽しいものである。
最後に余談。
私は若い頃、三田誠広氏の著作を集めるために古書店を巡っていた時期がある。そんなある日、井上光晴著『憑かれた人々』のケース入り上下巻が紐で綴じてあるのを購入した。
原一男監督の『全身小説家』を観た後だったと思う。
それから数十年が経過した。まだ紐をほどいていない。
数年後に定年退職になる。そうなった時に、紐をほどく。
それを今から楽しみにしているのである。