52-3.「自殺念慮ケースを巡る精神科医と心理職の対話」事例検討会
臨床心理iCommunity事例検討会
臨床心理iNEXT対面研修会(ワークショップ)
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1.精神科医と心理職の連携に向けた事例検討会
臨床心理iNEXTでは、今月と来月はトラウマをテーマとした事例検討会をシリーズで行っています。2025年1月17日(金)の夜に実施するトラウマ事例検討会では、私(下山)の担当ケースを発表し、精神科医である林直樹先生と今井淳司先生、それに心理職の日下華奈子先生に質問とコメントをいただき、トラウマの理解と治療を深めます。今回は、事例検討会に向けて、林先生と今井先生に精神科医としての観点からトラウマ治療に関するご意見をお聞きするインタビューをしました。
【発表事例と検討点】家族と容貌に関する出来事でショックを受けた中年期女性のケース
なお、本ケースは、今年の6月2日に開催した臨床心理iNEXT研修会「自己組織化障害の理解と支援−複雑性PTSDグレーゾーンのトラウマに対処する−」※)において下山が発表した事例です。その際は、時間が十分なかったために議論が深まらなかったことに加えて、その後の展開があったため、今回改めて発表して議論することにしました。
※)https://note.com/inext/n/n6b6c8ab36593
2.「適応反応症以上―PTSD未満」の存在
今回、医療領域におけるトラウマ対応をテーマにした理由は、公認心理師の「心的外傷の心理支援」に診療報酬の点数がついたためという理由だけではありません。私の経験から「適応反応症以上−(複雑性)PTSD未満」といった状態のトラウマ関連ケースが予想外に多くあり、その種のケースへの対応が心理職にとって非常に重要になっていると考えられるからです。「適応反応症以上−(複雑性)PTSD未満」とは、PTSDや複雑性PTSDの出来事基準を満たさないが、トラウマ反応を示し、それが2次的な精神・身体症状を引き起こすことで問題が慢性化しているケースです。
精神科診断においては、PTSDや複雑性PTSDについては、臨死体験や性的被害等の出来事基準を満たすことが診断基準として決まっています。しかし、PTSD診断となる基準を満たしていないが、強い恐怖体験やストレスで脅威を受けた場合、それがトラウマ体験となり、侵入(再体験)、回避、覚醒亢進(脅威の知覚)の「PTSDの3症状」を呈するケースが多くあります。
しかも、そのようなトラウマは、虐待やDV、暴言、いじめ、ハラスメントや裏切り行為などの日常的な出来事によって引き起こされます。それは、日常的な出来事であるために生活の中で繰り返され、複雑性PTSDにおいて生じる「自己組織の混乱(DSO)」である「感情制御困難」「否定的自己概念」「対人関係障害」が起きてきます。それは、多彩な2次症状を引き起こすとともに問題が慢性化し、クライエントの生活に深刻な支障を生じさせます。
3.「適応反応症以上―PTSD未満」を見逃す可能性
さらに問題なのは、このような「適応反応症以上−(複雑性)PTSD未満」のトラウマは、診断基準を満たしていないので、PTSD診断から除外され、治療の対象にはならない可能性があります。また、トラウマ体験が見逃されて、2次的な精神・身体症状に焦点が当てられ、誤った診断や理解がされることが生じやすくなります。その場合、トラウマ反応を考慮しない治療となります。
そのような誤った対応は、問題を複雑化・深刻化・慢性化させてしまう要因になっています。日常場面で起こるトラウマ体験は、それが問題の原因になっているとは気づかれにくいものです。例えば、ハラスメントや裏切り等によるトラウマなどは、それに当たります。また、それは、過去に起きたことであったり、過去から継続していて日常に埋め込まれていたりするので、本人も気づいていないことが多くなっています。そのため丁寧な聴取が必要となります。
精神科臨床における医師の外来治療は、多くの患者さんの診療に対応するために比較的短い時間での診察となり、このような「適応反応症以上−(複雑性)PTSD未満」のトラウマは見逃されやすくなります。その点で心理職の役割は重要になるとも言えます。このような日本の精神科臨床の現状を考えるならば、医師と心理職の連携はますます必要になると考えられます。
4.「PTSD症状のあるケース」は意外と多い
【下山】臨死や性的暴力等の恐怖体験や、そのような出来事を身近で経験をするといったPTSD診断の出来事基準を満たさなくても、ハラスメントや深刻な裏切りを受けたといった日常的な出来事でも、心の傷を負い、長期にわたってトラウマ反応で苦しむ場合もあります。その点でトラウマは、実はかなり幅広い体験であると思います。私は、そのような状態を「適応反応症以上−PTSD未満」と呼んだりしています。そのような「適応反応症以上−PTSD未満」の存在についてはどのように考えておられますか。
【林】最近、私の患者さんに、IES-R (Impact of Event Scale-Revised)を使ってPTSDの評価をしています※)。そうするとPTSDと判断される人が多数見出されます。そのような「適応反応症以上−PTSD未満」の状態については、「PTSD症状のあるケース」といった表現が一番いいのかと思います。PTSD症状を示しながら、PTSDの診断までいかないという人は沢山います。下山先生の言われる状況把握には賛成です。
※)https://www.jstss.org/docs/2017121200368/
何と言っても一番特徴的なのは、IES-Rでも一番上で集計される再体験症状です。再体験症状があって、PTSDの診断基準を満たさない人はすごく多いですね。回避はいろんな原因で起きるし,過覚性症状もあまり特異性は高くない。そうすると、やっぱり一番目立つのはフラッシュバックと悪夢になります。
5.フラッシュバックで希死念慮や自傷行為が起きる
【下山】その点でフラッシュバックが、実は色々な不安やうつ状態の、隠れた要因になっていることが多いのではないかと思います。そこに気づかないとうつ病や不安症と診断されてしまうこともあるかと思いますが、どうでしょうか。
【林】はい、それはあると思います。今回の事例検討会で下山先生が発表されるケースも、希死念慮があるのは、フラッシュバックが引き金になっていないでしょうか?
【下山】私は、そうではないかと思っています。
【林】それは、患者さんに「その前に何を考えていましたか?」と聞くと答えが得られると思います。
【下山】それは聞きました。「死にたくなる」と思い浮かぶのは、彼女にとってはすごくショックを受けて傷ついた体験を、直接的、あるいは間接的に思い出す出来事があった時とのことでした。
【林】なるほど。そういうことだから、トラウマから起きる症状を広く捉えることも妥当なのではないかと思います。トラウマという表現を使うか、フラッシュバックがPTSD症状と言われているわけですから「PTSD症状のあるケース」と呼ぶかは、迷われるところですが。
【下山】そこの辺りは、これまで表立って議論されていなかったテーマですが、多くの人は問題と感じている事柄だと思います。
【林】その通りですね。ショーケースに入れて、「これはこのように分類されます」とは言われてなかったと思います。
6.問題理解の補助線としてのトラウマ
【下山】この点に関して、今井先生はいかがでしょうか。今井先生は、松沢病院の精神科部長として、精神症状や行動化の激しいケースを沢山診ておられると思います。そのような中でこの種のトラウマについては、どのようにお考えでしょうか。
【今井】若年の方については、病歴を取ると幼少期に虐待があるといった、そういう分かりやすいケースは結構あったりします。症状も解離症状を示していたりするケースがあります。本人の中でもそれを原因だというふうに思って言ってくれるケースも割とあります。やはり複雑性PTSDの概念が広まってきているので、そういった理解の仕方をする医者も増えつつあるのかという印象はあります。
ただ、今回の事例検討会で議論するケースのように高齢期になっていて、そこら辺で体験したショッキングな出来事をトラウマ体験と捉える臨床眼を持っている医者は、少なくとも僕の周りはあまりいないという気がしますね。だから、今回は、とても新鮮な切り口をお示しいただいたと思っているところです。
【下山】実は、このよう切り口は本当に妥当なのかという心配もあります。つまり、「トラウマをこのように広げてケースを見ていって良いのか」、「トラウマをここまで広げていいものかどうか」ということを事例検討会では議論していただければと思っています。事例検討会当日は、比較的丁寧にクライエントさんの言葉や表現をお示ししながら、ご意見いただきたいと思っています。主治医も、典型的な診断枠組みでは収まらないと見ているのではないかと思います。そのような場合、トラウマという補助線を引いてみると、何か見えてくることがあると、私は思っています。
7.トラウマケースにおける医師と心理職の連携について
【下山】現場の診断枠組みに対して、そのように補助線を引いて理解する仕方としては、もう一つ発達障害という補助線もあると思っています。しかも、いろいろな意味でトラウマを受けやすいのは発達障害ですよね。定型発達と違っているので、虐待やいじめ等を受けやすくトラウマ体験をしやすいということがあります。さらに、認知的特性や感情調整が弱いという脆弱性があり、トラウマ反応を起こしやすいですね。
そのようなケースの場合、2次障害としてさまざまな精神症状を呈していることも多いかと思います。その種のケースに対して、医師の診断と心理職の理解が異なったりすることも出てくると思います。これをどのように議論し、連携していくのかということも関連する課題かと思います。今井先生が言われたようにお医者様においては、問題の背景にある要因としてトラウマを積極的に見ていく先生は意外と少ないのではないかとの印象を持っているからです。
もし、今後、トラウマがもう少し市民権を得てきたり、現行のカテゴリカルな診断枠組みからディメンジョナルな分類方法に移行してきた場合、問題理解の次元としてトラウマの重要性が注目されるようになると思ったりしています。そのような場合には、医療と心理職がどのように連携していくのかがとても重要な課題になってくるように思います。
お医者様の仕事を拝見していると、本当に忙しいと思います。しかし、このようなトラウマは、時間をかけて丁寧に人間関係や生活史をアセスメントしていかないと見えてこないと思います。上手に連携できれば、お医者様にとっても楽になる部分もあるのではないかと思ったりもします。
8.トラウマ対応は、医師にとっても切実な問題ではあるが・・・
【下山】ただ、医療の中でどのように問題を共有していくかは、あまり議論されていない課題であると思います。公認心理師法には、「医師の指示の下で連携」という条文があったりして、心理職からするとお医者様に意見を伝えることがなかなか難しいことがあります。この点はいかがでしょうか。
【林】医者にとっても、その問題は結構切実ですよ。今井先生と共著で執筆した論文※)でも書いたのですが、自傷行為や自殺未遂のきっかけということで、どのような心境で実行するのかを因子分析を用いて研究したことがありました。その因子は4つという発表をしました。しかし、大事なものが抜けていたんですね。それは、先ほど言ったフラッシュバックが来て自傷行為をする人に焦点を当てていなかったのです。
※)Hayashi, et al.: Motivation factors for suicidal behavior and their clinical relevance in admitted psychiatric patients. PLOS ONE 12(4) 2017
URL: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0176565
リストカットをする人の半分以上は、「私はつらい思いが耐えられないから」や「こんな罪を犯したので自分を罰します」という理由を報告するのですが、その理由の多くがフラッシュバックが原因だったのではないかと思うのです。これは、私たち精神科医にとっても切実な問題です。すぐ動かなければならない問題ですから。
その他にも、フラッシュバックによって生じるいろいろな問題行動があると思います。それから、連携の問題が提起されていました。しかし実は、私はあまり連携をしていないのです。
【下山】林先生はご自身が心理的なことも含めて何でもできるので、連携の必要がないということもあるのではないでしょうか。
【林】そうじゃないんです。だから本当に一緒にやれたらいいと思っているのですけど。
9.フラッシュバックへの薬物療法も期待できる
【林】あと、これはまた脱線になりますけど、最近フラッシュバックの薬の開発が盛んにされています。しかし,保健診療で認可されているセルトラリンとパロキセチンはあまり効きません。ところがですね。実はトリヘキシフェニジル(パーキンソン病に従来から使われている薬剤)が効くんですよ。十河先生の報告があります。※)他の精神科医に紹介すると、「本当に効きます」と喜んでもらえます。他にいわゆる神田橋処方があり、これも多少効きますが、トリヘキシフェニジルの比ではありません。メマンチンも金吉晴先生が研究をしていて、「使ってみたらいいじゃないか」と言っています。新しい薬もこれから発表されると思います。
※)Sogo, et al.: Centrally acting anticholinergic drug trihexyphenidyl is highly effective in reducing nightmares associated with post-traumatic stress disorder. Brain & Behavior 2021;11:e02147.
URL: https://doi.org/10.1002/brb3.2147
【下山】林先生は、診療においてIES-Rでトラウマやフラッシュバックをしっかりと確認し、薬物療法をしておられたのですね。その点で、先生は、以前からトラウマやPTSDに注目しておられたのですね。
【林】トリヘキシフェニジルが効くという論文が発表されたのは2015年頃ですから、そのしばらく後からですね。
【下山】お薬を使うにしても、やはりトラウマをしっかり見つけ出すことは必要ですね。トラウマの場合は、2次障害の症状に目を取られて見逃してしまうことが多いのではないでしょうか。
【林】だからこそ、トラウマを確認することが必要なのです。なぜならば、トラウマは、自殺未遂だとか自傷行為などの臨床症状に直結しています。まさに出血しているという状態ですから、医者は見ないわけにいかないですよ。
10.トラウマについて最初から聞くこともある
【下山】そのような出血状態とも言える自殺未遂や自傷行為がある場合、診療が多忙で時間が取れなかったり、あるいは古い形の診断に慣れていたりするお医者様は、トラウマを見逃してボーダラインパーソナリティ障害(以下、BPD)などの診断をしてしまうことはないでしょうか。
【林】そもそも生育期虐待とBPDは深くつながっています。実証研究では、虐待と一番つながっているのが解離性障害で、二番目がBPDだということになっています。だから、BPDということであれば、トラウマを考えないとやれないですね。一般的には「最初からトラウマのことを聞いてはいけない」と言われますが、私は抜け抜けと聞くことにしています。診療で必要なのですから。
ただ、以前は、私もトラウマの話はあまり好きではありませんでした。親への恨みとかの話になって切りがなくなるのは嫌でした。私が聞くのを嫌がるような素振りを見せると、患者さんはもっと言ってくるようになります。それで、かつては「後ろ向きの話ばかりではなくて、前を向いた方が良いのでないでしょうか」と言って話を終えたりしていました。しかし、この頃は逆ですね。「やっぱりそうですよね」と言いながら聞いています。
11.トラウマ治療の最初は安全安心の確認を重視する
【下山】そのあたり、今井先生はいかがでしょうかね。
【今井】先ほど申し上げた通り、僕はまだ、新しい方にまだ行けてないタイプです。自分自身が複雑性PTSDという診断をあまり下したことがないタイプです。ただし、それは別にトラウマを軽視しているわけではなくて、その存在自体は分かりながらも、治療アプローチとして、例えばトラウマにフォーカスした技法であるエクスポージャーなどが個人的にできないので、積極的に複雑性PTSDの診断をしないということがあります。
自分としては、今までやってきた患者さん本人の安全安心を作ってあげることを重視しています。もしくは、今までうまくいかなかった人生から、成功体験を一つ一つ生んでいくこと、バックグラウンドを補強してあげることによって二次的なフラッシュバックなどを和らげてあげるという手法をとっています。
ただ、ICD-11の日本語版が出版されたならば、複雑性PTSDはより広まってくるとは思います。今までの精神科医は、トラウマ治療の最初に実施する安全安心の確保、あるいは最後の社会に統合していくフェーズには割と慣れています。しかし、トラウマ治療の中間部分で実施する本当のPTSD症状を抑えていくのは、精神科医には扱えない部分ではないかと思っています。
精神科医は、ご存知の通り保険診療の5分間診察してという外来で対応しています。自分であれば、1日60人ぐらい患者さんとお会いします。そのような状況では、PTSD症状への対応はやはりできないですね。そう考えると、PTSD症状に対応する前後の段階は、今までの医者でも対処できますが、真ん中のPTSD症状に対処する部分は心理師さんに任せざるを得ないですね。そこで、心理師さんとの協働は、下山先生のおっしゃる通り、非常に大事になってくると思います。
12.トラウマ関連ケースへの対応のポイント
【下山】これまでの議論をまとめると、まずトラウマや複雑性PTSDの存在に気づいていくことの重要性が一つのポイントになることがわかりました。それから、もう一つは、その後の治療をどうするかということがポイントになりますね。治療については、林先生から、フラッシュバックに対する薬物療法の有効性のお話もありました。
また、今井先生からは、トラウマそのものへの対処として、エクスポージャーなどの心理支援の技法を丁寧にしていくことの重要性のご指摘もいただきました。確かにエクスポージャーを安易にやると非常に危険ですね。その点では、本当に安全安心を確保する段階をしっかり実施し、医師と心理職の協力関係を作って本丸であるトラウマに取り組んでいくことの重要性が見えてきました。この他にトラウマの治療に関して重要な点がありましたら、お教えください。
【林】2024年6月の日本精神神経学会で今井先生が発表したトラウマ・インフォームド・ケアの内容は、とても良かったと思います。トラウマ治療の第一段階として安全安心を確保することについて、控えめですけど、その重要性を的確にお話していたと思います。
13.患者さんにトラウマの再体験をさせないことの重要性
【今井】精神神経学会で話したことは、トラウマ・インフォームド・ケアでは、潜んでいるトラウマに気づくという側面もありつつ、医療者が患者さんにトラウマを与えないこと、つまりトラウマの再体験をさせないことが大事であるという側面もあるのです。松沢病院ではこの10年間ぐらいで、身体拘束がほとんどなくなったんですね。精神医療全体では身体拘束が増えていったことが問題になっていたのに、松沢病院ではそれに対比して無くなったのです。
それはすごく注目を浴びました。僕たちが目指していたのは、拘束をやめること自体が目的ではなかったのですね。松沢病院には、東京都の最後の砦と言われる重症で危険な患者さんが入ってくる病棟があります。以前林先生がその病棟に勤めておられ、今は僕がその病棟を継いでいます。今は、そこの病棟では拘束もしなければ、もう保護室の中でも携帯電話とかも使えてしまいます。
患者さんが自由を奪われずに、薬も非鎮静系のものを使い、スタッフの質もすごく良くしました。最初は強制入院で入るんですけど、再発して調子が悪くなったらこの病棟にまた入りたいという体験をしていただくことを目指してやっています。元々トラウマを持っていた人だけでなく、持ってない人も含めて、我々医療者が、医療によってトラウマ体験をさせないことに非常に注力をしてやっています。そのことを精神神経学会でお話をしました。
14.動機づけ面接とトラウマ・インフォームド・ケアの共通点
【下山】なるほどわかりました。それと関連して伺いたいことがあります。今井先生は「動機づけ面接」も専門とされていますが、それと松沢病院におけるトラウマを再体験させないことへの注力とどのように関わっているのでしょうか。
【今井】まさに、先ほどお伝えした松沢病院での実践は、動機づけ面接のコンセプトと一緒です。押し付ければ押し付けるほどに人間のやる気や協力性といった動機づけは落ちていきます。それを落とさないように引き出していくのが動機づけ面接ですね。そういう意味で先ほどのトラウマ・インフォームド・ケアと松沢病院の治療は、動機づけ面接とすごく一致する方向を持ったものです。それとともにトラウマ治療における最初の安全安心を確保するところでは、“関わり”や“エンゲージング”、“是認”、つまりバリデーションとか承認ということと近いのですが、そういったことを重視しています。
例えば、トラウマを持っている人でも、トラウマを扱ってほしい人と、そこにちょっとまだ触れないでほしい人とかがいると思います。そこを本人の意思を引き出しながら歩調を合わせていくことが非常に重要であると思います。僕は、トラウマの治療は、タイミングを間違うと非常に危険だと思うんです。タイミングを本人と話し合いながら協働的に見計らっていく、その際に下地を作るという意味で動機づけ面接はとても重要であると思っています。
【林】私の意見ですけれども、そうやって新しいトラウマを与えないようにケアする経験を積み重ねていくことがトラウマの治療になっていると思います。それは、地味な砂粒のような積み重ねかもしれないけど、それは決してゼロじゃなくて、ちゃんと積み重ねれば前に進むのではないかなと思います。
15.来年の1/17の事例検討会に向けて
【下山】改めてトラウマ・インフォームド・ケアの重要性とともに、ただ単にエクスポージャーをすれば良いのではないというトラウマケアの幅の広さを感じます。また、トラウマについては、医療だけでなく、心理支援においても、介入が逆にトラウマを再体験させてしまう危険性があることは肝に銘じておかなければいけないと思いました。
それと関連して日常生活において、トラウマを刺激する情報が溢れていることも考慮しなければと思います。たとえば、12月21日に開催する「不倫のトラウマとカップル療法」事例検討会では、不倫や浮気をされたショックがトラウマになることが論じられます※)。そのようなトラウマを受けている人にとっては、芸能人や政治家の不倫などのニュースがフラッシュバックを引き起こす刺激になるわけですね。また、不倫をされて離婚した人にとって、トラウマを乗り越えていないと、新たなお付き合いをしようとすると、それが刺激となってフラッシュバックが起きて人間関係がうまくいかないということも生じます。※)https://note.com/inext/n/n73a92d1d3db3
PTSD診断の厳しい出来事基準にとらわれずに、フラッシュバックを呈する事態を広くトラウマとした場合、フラッシュバックを引き起こす刺激が日常的に存在することに留意する必要があると思いました。その点で幅広くトラウマを理解して、問題理解に適用していくこと、そこでは、トラウマ・インフォームド・ケアと安全安心の確保がまず重要となることも理解できました。
私が今回提示するケースは、どのようなタイミングで介入していくのかが見えずに先に進めないでいる状況です。その辺りをコメントいただければと思っています。今回のお話を受けて発表するのが段々と不安になってきたんですけれども、これは思い切って飛び込むつもりで発表させていただきます。自由に議論していただけたらと思います。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)
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