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趣味は「映画と読書と音楽」と言っても良いですか? vol.311 読書 伊坂幸太郎「死神の浮力」
こんにちは、カメラマンの稲垣です。
今日は読書 伊坂幸太郎さんの「死神の浮力」についてです。
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前作の連作短編集「死神の精度」は不思議とユーモアが溢れ伊坂さんの作品の中でも大好きでした。
今回は同じ死神(千葉という名前)が出てくる長編。
サイコパスに自分達の娘を殺された夫婦が、無罪放免になった犯人を、自分達の手で復讐しようとする話。
その夫婦の夫、作家の山野辺遼の”死”の判定をするのが今回死神(千葉)の仕事。
サイコパス、復讐と結構ダークな物語だが、そこは伊坂さん、死神(千葉)のなんとも言えないとぼけたキャラクターで明るい雰囲気にしています。
そうこの話の魅力は”死神”(千葉)のキャラクターにつきます。
人間でないので、何か言動がおかしいんです。
かつ、すごく真面目な死神で、きっちり7日間その人間と一緒に行動して、その人間を見極めて、死にたいして可か見送るか決めます。
ほとんどの死神が、まあ大体可にするので割と適当なのに千葉は違います。
死神の世界で特別に20年延長のサービスがありますがそれは使いません。
現実の娘の復讐劇と、死神が調査する話が、ものすごくうまくブレンドされ
良いバランスで物語を面白くしています。
そして死神の生死を扱う話と、主人公の父親が癌で亡くなる話で、エンターテインメント作品ですが、深く死について考えさせられました。
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物語は、作家の山野辺遼の娘を殺した本城崇が証拠不十分で無罪放免になった。
マスコミに自宅を囲まれている中、夫婦の元へ、千葉が「情報を持ってきた」とインターフォン越しに言い、自宅の中へ。
千葉は死神。7日間対象の人間を観察し、死を可か見送るかを決めるのが仕事。
夫婦は前々から裁判で決着をつけるのではなく、自らの手で娘の仇を討つ計画を立てていました。
千葉はその二人に自分の弟が本城に殺され、自分も復讐したい、そして潜伏先のホテルの場所を知っていると伝える。
次の日、山野辺夫婦と千葉は一緒に本城を拉致しに、ホテルへ向かいました。
なんだか怪しい千葉ですが、なぜか安心感があると夫婦は思いました。
ホテルに着くと週刊誌の記者たちと本城は一緒にいて、寸前のところで逃げられてしまいました。
千葉は仲間の死神香川と会います。彼女は本城の担当で、彼にキャンペーン中の”20年延長”にしようと考えています。
香川から本城の居場所を聞くと、老人の住んでいる一軒家に潜んでいると。
夫婦と千葉は様子を見に行きます。
家は高い塀があり防犯カメラに囲まれ、簡単に近づけそうもありません。
その老人は毎日の食事を宅配サービスを利用しています。
そこで宅配業者に成りすませて家に侵入しようとします。
家に行き老人にカメラに映らないように、紙に書いて本城の居場所を聞きますが
2時間後に来てくれと返事をもらいます。
言われた通り2時間後に行くと、その老人は毒をもられ瀕死の状態に。
本城はとっくに逃げ出していて、夫婦は殺人犯としてニュースで報道されてしまいます。
その夫婦の元へ、今までいろいろと協力してくれた編集者が囚われの身になっている動画が送られます。時間内に救出しないと爆弾で死んでしまう。
千葉はその動画の後ろに和菓子屋のCMソングが流れていることに気づき、場所を特定します。
ギリギリのところで編集者を助けますが、本城はいません。
近くのダムに毒を流してたくさんの人を殺して、夫婦の仕業にしようとしていることがわかります。
主人公の山野辺と千葉(死神)は自転車で、本城の車を追いかけます。
果たして本城を食い止めることはできるか、復讐はできるのか、そして死神は
山野辺の死を”可”にするのか。本城の死を”20年間延長”するのか?
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500ページを超える大作ですが、面白く一気読み。
自分の娘を殺したサイコパスに復讐するために夫婦は犯人を追いかける。
それに死神が一緒に行動して、死を判定する。
死神の千葉がなんともとぼけた良い味を出している。
人間でないので、あまり感情はなく、会話も言葉をそのまま受け取ってなんだかチグハグになる。
ずっと夫婦と死神は会話が噛み合わないが、もうそのやりとりがとっても面白い。
でもそんな変な千葉を、受け入れる夫婦もまたとても魅力的だ。
娘を殺されて人間としての心が破壊されているのに、とても優しい心を持っている。
本城に復讐するのに心を鬼にして躊躇はしないが、それでも他の人には迷惑をかけないようにしている。
そしてその夫婦の夫であり作家の山野辺は、癌で亡くなった父親とのやりとりがなん度も出てきて、死について考えさせられる。
そして犯人の本城、サイコパスでここまで人の心がない人物造形は恐れ入りました。
伊坂 幸太郎さんって伏線回収のプロだが、キャラクター作りもここまで上手いとは舌を巻きました。
結局、死神は冷静に仕事をやり終えるが、話を通してほんの少し人間的な感情が芽生えるところが心が温かくなりました。
今日はここまで。
「ある時、急に全部が消える、ぱちん、と電気を落としたみたいに。俺はそれが怖くて仕方がなかったんだ。消えた、ってことも分からない。「自分」がなくなってしまうなんて信じられるか?無だよ。無の中に放り投げられるんだ。「死んだ」と思うこともできない。全部が無になるんだ」
/「死神の浮力」より