ぼくやあなたの映画。『夜明けのすべて』
いい映画でした。というか、とてもいい映画でした。タイトルやポスターの印象でよくある邦画恋愛物かと思っている方こそ観た方がいいと思います。全然ちがうので。恋愛の要素を丁寧に省いた姿勢に作り手の矜持を感じます。こういう映画が作られること自体が素晴らしい。
『夜明けのすべて』はとても良い映画です。それは間違いない。では、どう良い映画なのか?となるとぼくはまだ語るべき言葉を持ちません。ひとつだけ確かなのはここには何か新しいチャレンジや取り組みがあり、それを見事に達成しているという手触りで。ぼくはこの新しさを表す言葉をまだ持っていません。それはとても地味で小さくてささやかなことなのだけど。でも、今この時代に求められる大切な何かが密やかに埋められていると思いました。最後にひとつだけ言えるとしたら、これはぼくらの物語だということです。特別な誰かや特別な主人公の話ではなく。ぼくやあなたや、ぼくとあなたの。
本当の主人公
この映画の本当の主人公は栗田科学株式会社なんですよね。藤沢さんでも山添くんでもなく。栗田科学という「場」そのものがこの映画の主人公だと思いました。
栗田科学は二人が「息ができる場所」として存在している。この職場が何かを解決してくれるわけではないけれど。息ができる場所があることで二人は少しずつ力を蓄え、他者と交わり、仕事をし、暮らしを重ねていくことができる。ゆるやかな自己回復は複層的な時間と積み重ねた関係性と他者との交流から生まれるものだとしても、それは「息ができる場所」があってこそで。根本的には何も解決していなくとも、それでもゆっくりと人は前に進むことができる。
この映画を観て「こんな職場があるはずない。社長も社員も優しすぎる。非現実的」と思う人がいるかもしれません。でも、ぼくはちょっと違うと思っています。こういう職場は作れるんですよね。ぼくたちで。ぼくとあなたで。誰かから世界を与えてもらう前提で「こんなのあるわけない」と考えるのではなく。この映画がぼくたちの物語だと思った理由のひとつがここにあるし、この映画のとても重要で優れた視座だと思います。
パンフレットもよかった
パンフレットもとても良かったです。こういうパンフレットでは主人公について多く語られたりするのですが、いわゆる脇役と呼ばれる登場人物たちのプロフィールがとても&かなり丁寧に描かれていて。この映画で感じた姿勢がパンフレットでも味わうことができて嬉しかったです。
個人的には藤沢さんの友人・岩田さんの「藤沢がPMSで苛立って暴言を吐いてしまった時、周りが全員引いている中で一人だけ爆笑した」と、栗田科学の技術職・猫田さんの「超がつくほど温厚な性格で、他人に怒ったことはほとんどない。(略)反面、仕事に対してはストイックで小さなミスも見逃さず、納得するまで絶対にOKを出さない」がツボでした。とても良いパンフレットでしたので、どうしようかな…と悩まれた方はぜひ。おすすめです。