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聖なる引きこもり《小説》
窓の外を茶色い頭が通り過ぎるとすぐに、来客を告げる音がした。
出ようとするあたしを制して、竜也はドアを開ける。
時々訪れるその男は、あたしには無関心を装う。気にしているくせに、存在しないかのように振る舞う感じの悪さが大嫌いだ。
「冬子、そんな顔しないの」
竜也はあたしの頭を優しく撫でる。
そんなことで機嫌を直す、安い女ではない。
竜也の部屋に転がり込んで、2回目の正月だ。
テレビの中では盛ん
深く、更に静か《続》
ドトール、とロゴの入ったカップをソーサーに戻したところで、お目当ての女は現れた。
軽く手を挙げるとこちらに気づき、不愉快そうに眉間に皺を寄せる。
「……鈴木、さん?」
「ご足労いただきまして」
向かい側の席を掌で勧めると、女はため息をつき、嫌々という態度を露骨に、腰を下ろした。
「コーヒーでいいですか」
黙って頷くのを確認して、鈴木はもう一度カウンターに向かう。
戻ってくると、女は微動だに
深く、深く静かな《深海》
「返してください。私に」
女は、言った。
自分に落ち度など1ミリもないと信じている。
清らかな正義の旗を掲げた眼差しだ。
真っ白なスカートが揺れるのを、あたしは見ていた。
この部屋に白いスカートが存在することなんて、あるんだなぁって思いながら。
あたしが、浮気相手だったのだ。
たとえ、プロポーズが先だったとしても。
たとえ、その言葉が、その後この女へと使い回されたものだとしても。
こ
バナナパンツの女«小説»
8782。
バナナパンツだ。
私が停めるつもりの駐車スペースに、ピンクの軽自動車がいる。
ナンバーは8782。
彼のアパートを見上げたが、どうしようもない。
路駐するわけにもいかない。
とりあえず、近くのコンビニに車を入れた。
ハンドルを持ったまま、動けない。
まさか、先客がいるとは思いもしなかった。
ちょっと顔が見たくて、買い物のお裾分けを口実に寄ろうと思いついただけだ。
留守な
夜間飛行《詩のような》
6つ上の姉従姉妹
修学旅行のお土産は
八ツ橋と、ハート型の小瓶
キーホルダーになっていて
薄紫の液体
小さなシールに
「夜間飛行タイプ」
幼かった私に
香水という概念は無く
ただただ
お洒落で大人びたものを許されたのだと
感動に打ち震えた
匂いが強いから
たくさん付けちゃ駄目だよと
でも
どうしても付けたくて
青い水は
あっという間に残り僅かに
空っぽになっても
いつまでも捨てられな
出来心の行方《悪ふざけ》
昨日、出来心で「#なんのはなしですか」を使って投稿した。
ものの2秒で、コニシ木の子氏に見つかってしまった。
しまった。
当方は、慌てて自分の「なんのはなしですか」をつまみ上げると、胸ポケットに押し込んだ。
「………逃げよう」
ポケットで暴れる「なんのはなしですか」を宥めながら、夕暮れの街を走り抜けた。
葉っぱを隠すなら、森の中。
「なんのはなしですか」を隠すのも、森の中でいいだろう。
墓をしまいにまゐります
空港の脇を通る道が、香織は好きだ。
どこまでもどこまでも真っ直ぐに伸びて、このまま北海道に行けるのではないかと思ってしまう。
好きなCDをかけながら、ただアクセルを踏む。信号の少ない直線道路は、香織が自分をリセットするのになくてはならない場所になりつつある。
イライラすることがあると、こっそりこの道にドライブに来ていることを、夫は知らないだろう。
今日は、逆に夫がイライラしている。
香織が
距離感《詩のような》
あなたをもっと知りたくて
ルーペを持って近づいた
ひかる産毛のきらめきに
背筋がぞわりと蠢いた
あなたをもっと知りたくて
ルーペを置いて近づいた
触れた指先温もりに
胸がぞわりと熱くなる
あなたをもっと知りたくて
近寄るたびに遠くなり
吹き抜けて行くそよ風に
うなじがぞわりと冷え上がる
あなたをもっと知りたくて
近寄るたびに遠くなり
ルーペを置いて駆け出した
眼鏡を投
別れ際夕暮《詩のような》
またね、と言う私
じゃあ、と言うあなた
私の右側にはいつもあなたがいて
左側には不安がいた
別れ際
次はいつ
と
聞けなかった私
言わなかったあなた
あの交差点はまだ
あの街にありますか
次もまた逢うことが
当たり前と
あなたは思っていた
思ってくれては
いたのだと
だから「またね」とは言わなかったのだ
と、
今頃
気がついても、ね
☆ヘッダー写真、お借りしました。あり
遠くの空に《詩のような》
遠くの空に
風が吹いた
遠くの空に
雨が降った
とおくのそらに
とおくとおくのどこかで
その空の下にいる誰かに
傘をさしてあげることもできないわたしには
ただ濡れないでと祈るしかない
風に吹かれて寒くないかと
夜になるから布団にお入りと
願うことしかできない
とおくのあなたに
どうかどうか
この傘が
とどけ
明日は
晴れろ
☆ヘッダー写真、お借りしました。いつもありがとうござい
くんちゃん «小説»
くん姉、といつも呼んでいたの
6つ年上の姉従姉妹
彼女には4つ上の仲良しの姉が居て
ひとりっ子のあたしは
いつもすごく羨ましくて
二人の後を追いかけ回した
お前のお襁褓を替えてやったんだ、の話は
いい加減にしてほしかったけど
小学校にあがったら
くん姉と毎朝一緒に行くんだと
信じていたあたしは
家も小学校も違うし
そもそも
くんちゃんは中学生になるんだと言われ
大泣きしたのを覚えている
ブラ
ラジコン広場 «小説»
昔はアキチがいくらでもあったのになぁ、とパパが言う。
そうねぇ、うちの方みたいな田舎はたくさんあったけど、こんな街中にもあったの?とママが聞く。
アキチのドカンとかいうもので、2人は盛り上がっている。
ドカンて何?と口を挟んだら、ドラえもんの漫画に出てくる、とパパが言った。
あぁ、なんとなくわかった。丸いやつ。
パパは休みの日には一人、部屋でラジコンをいじる。
前からいつも、僕が寄っていくと、嬉