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うつ病の私の『心の取扱説明書』

うつ病は脳の病気と言われています。
ただ、うつ病を患っている人には少なからず『心にも病気がある』のではないかと思います。

そんな私が生きやすいように。
また、そろそろ全国的に緊急事態宣言も解除され、仕事が再開されると心を病んでしまう人も多いのではないかと思い、自分の心の『取扱説明書』をまとめてみたいと思います。

私の取扱説明書が、誰かにとっての取扱説明書になったら幸いです。

はじめに……私について

私は、高校生くらいのときからうつ症状が出始め、昨年になって初めて心療内科の門を叩き、うつ病、不安障害と診断されました。
それまで病院を受診しなかったのは、母親に不調を訴えたときに「それは甘えだ」と言われたことがあったからです。それ以来、私は私のうつ症状を否定して生きてきました。
診療とカウンセリングなどを重ねていくうちに、私のうつの原因はどうやら過去の記憶にあるらしいことが発覚しました。小学5年生ごろから続く家庭内の状況。それに加え、2年ほど前に両親が離婚しました。もう私もいい大人なので、そんなことで心が動くことはないと思っていましたが、不調が続き受診することになりました。

2年前はちょうど転職をした時期でもありました。
慣れないながらも仕事はとても充実していましたが、勤務時間がほぼ毎日11時間と少し長く疲れもありました。
両親の離婚がストレスになってるなんて思いもしなかった私は、当初は主治医に「もしかしたら仕事が忙しいからかもしれません」と説明していました。

こんな状態の中、ウイルスの影響で仕事が休業になりました。同居する母といる時間も増え、自分を見つめなおしたところ、やはり母といる時間がストレスになること、2年前のことや幼い頃のことをふと思い出してしまうことなどに気付きました。

カウンセラーには『アダルトチルドレン』と説明を受けました。

自分の中の子供『インナーチャイルド』が、心に悪さをすることがあると。

それが心や脳のいたるところに『地雷』を撒いていて、気にしすぎる性格に拍車をかけてしまっているようです。

それを取り除くのは、臨床心理士などプロと一緒に考えていかないと危険だと言われたのですが、地雷をうまくよけて生きていくことはできるかもしれない。

みなさんにも、何らかの理由で撒かれた『地雷』で心が埋め尽くされているかもしれません。
怒りやすい、落ち込みやすい、気にしすぎてしまう、それらの理由で生きづらさを感じている人は、地雷をうまくよければ気持ちが楽になるのではないでしょうか。

私の『地雷』をよけるための説明書を、今日は紹介します。

考えすぎない

いきなり難しい問題です。これができたら苦労はしません。

ただ、『考える=妄想する』と置き換えると、できそうな気がします。

『妄想』というのは、たとえば仕事で失敗したとき。「ああ、失敗しちゃったどうしよう上司に怒られる……」とか、「私が失敗したせいでほかの人に迷惑をかけてしまう……」とか。
それはみんな、妄想です。だって、まだ起こってないことですもんね。

事実だけに目を向ける。失敗してしまったのなら、これから何をすればいいのか。誰に謝るとか、もう一度一からやり直すとか、自分の力不足を反省して技術を磨く時間を作るとか。

もしそれで、誰かに怒られたり恨まれたりしたとします。
でも、『怒る』とか『恨む』とかいう感情は相手のものであって、私にはどうすることもできません。
それを鎮めようと頑張ったところで相手を刺激するだけだし、信頼を回復するには自分の行動で示すよりほかありません。

妄想ではなく事実に目を向けましょう。

理不尽なことを言われたら

私はこの項を、職場の理不尽おじさんの顔を思い浮かべながら書きます(笑)。
ちょっと自分を見つめなおした今の私なら、理不尽おじさんにも対抗できると思います!

……対抗、と言いましたが、理不尽だと思うことを言われたときに言い返しても、私の言葉は相手にとって『理不尽』だと思われているはずです。
だって、意見が食い違っているから理不尽に感じるんだもの。

理不尽なことを言われたら、まず飲み込みます。
で、冷静になって考える。自分を殺す必要はないけど、この人は私にどうしてほしいのか、ということを考えるのです。
わからなければ、「どうしてほしいですか?」と訊いてもいいと思います。

この「どうしてほしいですか?」という言葉は武器になる気がします。理不尽に当たり散らしている人は、大体、自分の思うとおりに人が動かないことを理由にストレス発散をしたいだけですから。

もちろん冷静に考えたり、どうしてほしいか訊いた結果、「この人の言うことは正しいな」と思ったら、もうそれは自分の感情なのでしたがいます。そこで悔しいと思ってしまったら、「この人は私を思い通りにして喜んでるんだ」とか「いつか反撃してやる」とかいう『妄想』の域になってしまうのでよろしくありません。ここでも事実だけを見つめます。

でももしも、冷静に考えても理不尽だと思ったら、「私はこういうふうにしたいと思います」と気持ちを伝えた上で、向こうに伝わらなかったら第三者の意見を仰ぐことをためらわないようにします。

だいたい理不尽な人は理不尽なので、誰かが私の味方になってくれるはずです。私が、まじめに実直に、仕事に向き合ってれば、の話ですが。

ポジティブ思考をやめる

これは私の一番の課題です。

実は、うつ病と診断される少し前まで転職をしようと躍起になっていました。資格を取ったり、勉強をしたり、とにかくたくさんのことに挑戦しました。

それはただ『自信をつけたい』という一心でした。
これが出来れば自信が持てる。これが出来れば評価につながる。そう信じてやっていました。
だけど、うまくいきませんでした。そもそも資格試験の日程を詰め込みすぎたせいで、なにも頭に入らずすべて中途半端な結果に終わってしまったのです。

このような結果になることを予想していなかった私は、大きく落ち込みました。うまくいって自信をもって転職活動をする自分の姿しか想像していなかったから。

このことから、ポジティブ思考は危険だとわかりました。

今同じことをするなら、「私の頭ではこの試験は受からないかもしれないから、試験を受けるのはせめて来年にしよう」とか、「今これを受けても失敗すると思うけど、経験を積むために受けてみよう。失敗しても来年が本番だからね!」とか考えて、ネガティブをまぜた『予防線』を張って心を守ろうと思います。

これは、私が根はネガティブな人間だからです。なんでもポジティブに考えられて、かつ『予防線』も張れるなら、必要ない考えかもしれません。だけど、根拠のないポジティブは危険。

仕事の中でも、変に気を張らず、自信を持ちすぎず、常に心を守っていきたいです。

悩みを抱えない

悩みは誰にでもあるものだけれど、たいていどうにもならないことが多いです。
心理学者のアドラーは「人間のほとんどの悩みは人間関係にある」みたいなことを言ったようだけれど、人間関係の悩みなんて、自分を変えることはできても相手を変えることはできないのだから解決は不可能です。

悩みを抱えない。
悩みを抱える、抱きしめる想像をしてみてください。自分で抱きしめた悩みは、見えません。見えたとしても、ほんの一部分が拡大されただけ。抱えたとしても、どうすることもできません。

ならばどうすればいいのかというと、悩みを俯瞰する。悩みを外側から見下ろすイメージです。
すると、自分はこの悩みによってどういう感情になっているのかが見えてきます。
「○○さんに嫌なことを言われたから私は怒っている」
「○○さんがひどいことを言うから私は悲しい」
見えてきたら、悩みそのものではなく『怒っている』『悲しい』という感情の方に寄り添ってあげます

たったそれだけでは悩みの根本は解決しません。だけど、自分の心をいたわることはできます。
また同じ問題に直面するかもしれないけれど、自分の心をいたわる方法さえ身につければ、何度でも心を守ることができます。

こういったネガティブな悩みによる感情に寄り添うことができるようになると、そのほかにも「これをやりたい」とか「これが楽しい」とか「こういうのって嬉しい」とか、自分のポジティブな感情にも気付くことができるようになり、人生が華やかになるはずです。

最後に

もうすぐ再開するであろう出勤の日に向けて、私が気を付けたいことを書いていきました。

『うつ病』や『HSP』を知らない人や関係ないと思っている人でも、今まで仕事を休んでいたり、リモート勤務などでで人との接触が最低限だった人がいきなり現場に戻ると、自分の心が敏感になっていることに「あれ?」と違和感を覚えることもあると思います。

どうかみなさん、無理せずに。みなさんの心が守られますように、願っています。

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