映画「午前4時にパリの夜は明ける」 ボクは全然緊張しない
□『午前4時にパリの夜は明ける』
シャルロット・ゲンズブールが
パリの市井の女性を演じる。
エリザベートは夫と別れて
2人の子どもを養って生きることになった。
彼女は母親であるが涙もろく
時に誰よりも幼い表情をする。
1981年、ミッテランが大統領に当選した。
街が歓喜に沸く。
フランスがもっと自由になると
人々が期待した時代。
仏大統領の任期は7年で
映画もエリザベートたちの7年の日々を描く。
かわいいが生意気な子どもたち
母子家庭ゆえの経済事情
ラジオ局ではじめた仕事の戸惑い
出会った男たちとの恋とセックス
決して裕福な暮らしではないのに
夜中にひとり朝を待っている
子猫のような家出少女タルラに
声をかけて家へ連れてくる。
ママは街中の野良猫を保護するつもりかと
長女に笑われる。
エリザベートはそんな女性だ。
□夜明け前のブルー
40年以上生きていれば
人生はそれなりに傷んでいる。
夫に去られた
理想の家族は築けなかった
仕事も悪戦苦闘している
2人の子どももタルラも心配だ
大きな病気も経験した
セックスシーンのときに露わになる
背中のかさつきとシミ
脚のつけ根やお尻に刻まれた太いシワ。
そんな彼女が愛おしい。
エリザベートは仕事終わり夜明けのパリを歩く。
部屋の窓からも街の夜景が見える。
どちらも特別ゴージャスな眺めではない。
でも今日を生きる彼女の風景はいつも濃いブルー。
それは普通でとても美しい。
□古い友人といるようだった
ことさらな名台詞やドラマがある作品ではない。
でもこの映画をすごく好きになってしまうのは
80年代を描いているからだろうか。
粒子は粗いけれどまろやかな色彩で
街や人を切り取っている。
それはまさに80年代の色調だ。
決していい時代というわけではなかった。
日本で言えばディズニーランドが開園し
ファミコンが販売された。
浮ついた時代のように語られることもある。
でも日航機墜落事故や
グリコ・森永事件のような出来事もあった。
なにより米ソの対立で
明日をも知れない時代だった。
それでも2023年なんていう
聞き慣れない他人のような時代より
10代をすごした80年代の方が
自然体でいられる。
この映画を観ているとき
ずっと安心していた。
スマホも、ネットもない素敵な時代。
軽率な音楽と派手目のファッション。
ラジオと図書館と映画館。
懐かしくて親しくて、
どこか遠くへ行ってしまった80年代。
エリザベートも子どもたちも
タルラもみんなボクの友人だった。
ボクはこの映画に全然緊張しない。
親密な古い友人のように。
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