前編〜枠組みを越えた、世界へ。ICHINICHI 代表 吉柴 宏美さん
昨年、仕事で一人でイスラム圏のアブダビに行った。
そこで、タクシーの運転手から
「なぜ、一人なんだ?夫は何をしているんだ?」と尋ねられた。
自分から既婚であることは伝えては、いない。
後に、「既婚女性が男性と密室で会うことはタブー」というイスラム教の教えから、結婚指輪を観察した上で聞かれていると分かった時、驚いたものだった。
日本では、女性が一人で好きな時に好きな場所へ行くことができる。
だが、日本の男女格差(ジェンダー・ギャップ)※の世界ランキングは、153か国中121位。
私が訪れたアブダビ、アラブ首長国連邦よりも低い。先進国では最下位の順位である。
※スイスに本部を持つ「世界経済フォーラム」が発表した「ジェンダー・ギャップ指数」の順位。2006年から世界各国の男女格差(ジェンダー・ギャップ)を計測し、国別ランキングを発表している。本文中の順位は2019年12月発表のもの。
今回、一人の女性起業社長にお話を聞くことができた。
吉柴 宏美さんだ。
彼女は、東京都北区赤羽で、祖母が営んでいた築45年の美容院ビルをリノベーションし、ホテル ICHINICHIを立ち上げた。
筆者が、一人でよく飲みに行く赤羽の街。
「なぜ一人なんだ!夫は何をしているんだ!」と言われることは、ほぼない。
今回、お話をお伺いした吉柴 宏美 さん。美術大学を卒業し、デザイナーとして働いた後、イギリスに留学。帰国後は外資系IT企業に勤務。その後、ホテルICHINICHIを2015年に開業。取材時、第二子を妊娠中。
宝物が残っているように思えた。
──おばあさまが美容院を営んでいた建物を利用して、ICHINICHIを開業した、きっかけを教えてください。
おばあちゃんが美容院を閉店してから10数年もの間、誰にも使われていなかった建物を、どうしようかと親戚の間で話し合いになっていた時があって…。それをずっと端からじーっ。と見ていて、最初は「口出しすべきじゃないな」と思ってたんです。ところが、さまざまな計画が、全てうまくいかずお手上げ状態になった。この場所が廃虚になるだけだというんだったら、じゃあ、私やろうかなって思って。「私がやる」と言ったら、おばあちゃんが賛成してくれて…。
──それで、ホテルにしようと。
「ボロビル」とか、「全然価値がない」と言われていたのですが、私には宝物が残っているように見えたんです。私だったら、先代が残してくれた建物の歴史を活かしながら、新たな価値を持ったものに転換できるんじゃないかと思って…。そこからですね。
自分が育った地域に貢献もしたかったので、1Fにカフェバーも併設しました。外から来たゲストと、地域の人が交流できるようにと考えたんです。
3階のフロアには、おばあさまの美容院時代から使っていた椅子が。
当時、美容院のお客さんがここに座っていた。
ちょっと恥ずかしいんですが…。まだ会社員だったときに読んだ本の中で、10年後の自分がどうなっているかを書き留めるワークショップをやったんです。
先日、久しぶりに見返しました。祖母の建物でカフェバー付きのホテルを開いていて…。1階から5階までの用途を含めたイラスト図など、かなり細かいところまでイメージしていました。それが、今のICHINICHIの元になっています。
「えっ?これまだ、途中ですよね?」
──内装もとても素敵ですよね。他にはない感じで…。
今でこそ、このコンクリむき出しの内装もみんなに受け入れられていますが…。リノベーション当時、銀行の人やアルバイト募集に来た人など、ここに来るほぼ全員が「え、これまだ途中だよね?」「後で何か壁作るんでしょう?」などと言っていて…。笑。
赤羽も今のような人気の街ではなく、若干治安が悪いようなイメージもありました。「赤羽に観光需要なんてあるの?」「こんなところに客なんて誰もこないよ」などとも散々、言われてました。
仮に、自分が外国人で日本に旅行するときに、地名なんてほぼ分かりません。宿泊先を決めるのは空港からのアクセスと、自分が行きたい観光地への時間。そう考えたときに赤羽という立地は十分だと思いました。私たちが見慣れた昔ながらの商店街も、外から来た人にとってはとても魅力的なことも…。
1階のBARスペース。天井と壁がコンクリート打ちっぱなし。シャンデリアの根本部分は美容院時代のパーマのお釜のアームを使った。
あとは、子どもができちゃったタイミングだったんです。開業準備をしてるときがね。
父親にも、相当反対されたんですよ。「子どもを産むのに、タイミングが悪い」と。「そんな時期にやるべきものじゃない」とも言われたし。もちろん、心配してのことだと思うんですけど。じゃあ女性にとって良いタイミングって、いつなのよと…。
ここまで、吉柴さんが元美容院ビルをリノベーションし、ホテルを建てるきっかけになったお話をお伺いしました。
開業準備中に妊娠が発覚。その中で吉柴さんが感じたこと、考えたことを後編でお伝えしていきます。
文 :大島 有貴
写真:唐 瑞鸿(MSPG Studio)
文字起こし協力:なかもとめい(株式会社RASHISA)
参考文献
治部 れんげ(2020)『「男女格差後進国」の衝撃—無意識のジェンダー・バイアスを克服する 』小学館.