【創作小説】自己紹介、執着。
8年間吸い続けた煙草の銘柄を変えた。
煙草を吸い始めた頃は煙を美味しいなんて思えなくて、最初の2年はとにかく吸えるやつを探して適当に吸ってた。
美味しくないからちょっと吸ってはすぐに捨てた。ガールズバーでバイトしてたからお金には余裕があった。
ある日私の吸殻を見た客の一人が「姉ちゃん、付き合っても長く続かへんタイプやろ。」と言ってきた。
「なんで?」と聞くと、「一本の煙草をどれだけ吸えるかっていうんが、恋人をどれだけ愛せるかってことなんや。」と教えてくれた。
「だから覚えときや。男選ぶときは、煙草の吸殻見て短くまで吸ってる男を選ぶんやで。」
確かにおっちゃんは愛妻家で、煙草はフィルターのきわっきわまで吸う人だった。
そのときに煙草の銘柄を変える人は恋人もコロコロ変えるって話も聞き、実体験と照らし合わせて妙に納得したものだ。
今でもそれらの話を信じている。
そのすぐ数日後、仲のいい後輩が吸っていた煙草をもらうと今までで一番吸いやすかったのでこれを買い続けようと決めた。
それから8年間、ずっとその銘柄を吸い続けている。
飽き性を見透かされたことがそうさせたわけではない。
私にとってそれはおまじないのようなもので、そうやってフィルターのきわっきわまで吸って同じ銘柄を吸い続けていれば、おっちゃんのような恋愛ができるんじゃないかと願いを込めての決意だった。
8年の間に恋人は5回変わった。
どの人も1年程度しか続かなかった。
同じ煙草を吸い続けたって変わらずずっと側にいてくれる人が現れるわけじゃないのは初めからわかってたはずだけれど。
最後の彼氏と別れてから2年経った。
もう「別れる」というイベントが嫌になってしまっていて、誰とも付き合えずにいる。
付き合ったら結婚か、別れるか、世の中の多くは大体その2択。現状維持は、なし。
結婚願望がない。
ないというより、自分のこのとんでもないむら気で家庭を崩壊させることが申し訳ないからしたくない、というのが本音。
こんなあべこべな私が特別好いという物好きが現れるのであれば、頭を下げてでも結婚をお願いするかもしれない。
私があべこべを隠すために猫を被り続けていることは、この話ではまぁオカズ程度、割愛するのだけれど。
今までの人生で何年間も飽きずに続けてこれたのは同じ銘柄の煙草を選択する、ということだけだ。
飽き性で何をやっても続かない私は、いつしか同じ煙草を吸い続けている自分に執着していた。
いつか恋人にも一途に向き合える、そんな自分が確かにここにいる、と思っていたかった。
しかし銘柄を変えた。
8年前にうっすら好きだった人となんの巡り合わせか、旅行先で偶然再開し、食事に行った次の日から。
私の友人が好きな男が変わる度にその人の吸う銘柄を真似ることを散々馬鹿にしてきた私だが、今度は馬鹿にされる側に回ることとなった。
だけどその人のことを好きになったわけではない。
よく知らないおっちゃんの本当かどうかもわからない逸話に執着し律儀に一途であろうとする自分と、より吸いやすい煙草を探そうと足掻いていた頃の自分がその日8年ぶりに対峙し、今の私が負けただけだ。
恋愛が全ての人生にはしたくないけれど、恋人の存在はやはり人生を豊かにしてくれることを思い出せた晩だった。
飽き性なりに恋人を一生懸命愛そうと、恋人に一生懸命愛されようとしていた頃の健気な自分を思い出せた晩だった。
煙草を変えて、何かが劇的に変わったわけではない。
私の8年間の執着心が無意味だったのかも、まだわからない。
しかし私の中には確かに執着できるバイタリティが眠っていて、いつかはそれが誰かに向けばいいと思っている。
そして同じように相手にも執着してもらえたら、とも。
何か人生が動き出しているのかもしれない。