アルテイシア「ヘルジャパンを女が自由に楽しく生き延びる方法」
「努力すれば成長できるというけれど、その努力で出てくるものは、もともと本人が持っていたもので、だから努力すれば成長できるというのは違うんじゃないか」
次男にそういわれて、そうかもしれないね、でもだとしたら、その本人が持っていたものは努力しないと表面に出てこないのだから、努力する意味があるんじゃないかな、と答えてみました。
今考えると、どうしてそう思う経緯に至ったかにも興味があります。
けれど、うっかりそれを訊くのを忘れてしまいました。というのは、能力の問題だけでなく、考え方についても、同じことが言えるんじゃないかと考え始めてしまったからです。
例えばジェンダーに関する考え方。
男性と女性で、世代間で、こんなにも違いますが、生まれた時に持っていた考え方のポテンシャルは同じなのに、色んな刺激を受けながら徐々に固まっていくのだと思います。
そうやって固まってしまうと、今度は、それを変えることがなかなか難しくなってしまうような気がします。けれど、そこを、変えていこうと挑んでいるのがこの本。なぜなら、
大人の責任として、沈黙する善人にはなりたくない。次世代のために、この世界を少しはマシな場所にしたい。
と考えているから。「ジェンダーを知らなきゃヤバい時代になった」と思ってくれる人はもちろんのこと、そこまで考えていない善人にも理解してもらいたい、という意気込みを感じます。
だとしたら、これを読んだ私は、一番身近な男性である夫に、読んでみて、と渡すべきなのかな、と、思い浮かべてみました。
想像してみて、難しいな、と思いました。彼がどう反応するか、の前に、自分がそれを読んでと夫に手渡すことそのものに、怖気づいてしまいました。
そもそもうちの夫はジェンダーに関して理解している方だとは思います。
外での会話の全てをチェックできるなんてことはあり得ませんが、セクハラ発言などしていないと思います。子育て中の女性に、本人の意向を確認せずに負担を減らしたり、ということもないと思います。そもそも夫の職場では、もう10年以上前に男性職員が1年の育児休暇を取ったりということがあったかと思います。
(とはいえ、我が家で私の方が家事・育児に従事する時間が長いのは、私の方が職場に近いから、ということに結婚当初になりました。家事だけだったら私も気持ちの余裕があったのですが、育児も加わると……)
そうやって考えていくと、ここに書かれていることの、8割くらいは理解しているのではないでしょうか。
それなら、読んでもらうことについて、なぜ難しいな、と思ったのか。
本の中でも、ジェンダーについて蓋をしてきた、というカップルの話が紹介されていました。私だけではないです。
というか、そもそも男性とジェンダーの話をすること自体、避けたいことかもしれません。実際あまり話す機会はないわけなのですが、いくつか記憶に残っていることがあります。
すごく一生懸命仕事をしていた時期に、「係長に昇格するなら、ここの部署じゃない方がいいかなと思って」と言われたこともありました。
後輩となぜかジェンダーの話になり、仕事においてもそれぞれの役割がある、女性の消防士とか、どう考えても体力で差があるのに、なぜ必要なのか、とか、言われたこともあります。
記憶に残るのが、意見が異なったときのことばかりだから、男性とジェンダーの話をしたくない、という気持ちが出てきてしまうのかもしれません。
特に身近な男性と意見が食い違ったら立ち直れないと思うからか。そして、戦いたい相手ではないから、ということもあるかもしれません。
家庭におけるジェンダー問題というと、家事・育児の分担にどうしても結び付きがちです。
夫と家事・育児を協力してやっているわけですが、前提として、何を優先すべきか、ということが異なっている、という問題があります。例えば、夫は写真をよく撮ります。そしてその整理にものすごく時間をかけます。私からしてみれば、その優先順位は低いのですが、夫にとってはとても大事なこと。一番下の娘が、上二人と私たちだけが映っている写真を見て、自分が行ったことのない場所だと、ずるい、とか、飾らないで、と言います。それはその写真の中の楽しそうな四人がうらやましいからで、それだけ写真に価値を感じているのだと思います。
子どもには色んな価値観を知ってもらいたいと思います。でも、一番影響されるのは多分、親の価値観。ただでさえ、私の方が一緒にいる時間が長いのだから、夫の価値観も大事にすることで、子どもに夫の価値観を知ってもらいたいと思います。まあ、どうしても私寄りになってしまうんですけど。
もう少し家事寄りの話をすると、私は掃除が苦手です。片づけも苦手です。床なんか磨かなくていいと思います。でもたまに夫は在宅の時など、通勤に充てている分の時間を使って家じゅうワックスがけをしています。夫しか家にいないから、最高のタイミングではありますが、だったら晩御飯の支度をしておいてよ、とか思ったりもします。せめて味噌汁くらいでも作っておいてくれれば。でもそれは私の価値観です。
どこからどこまでが価値観の違いの話で、どこからどこまでがジェンダーの問題か区別するのは難しい気がします。だからこそ、多くの人が蓋をしてしまいます。だとすると、争う時間と気持ちの余裕があるくらいなら、その分、仕事の本でも読んで仕事に活かそう、としてここまで来てしまいました。
この本を夫に読んでもらうことは、私にとっては、ちょっと重めの宿題なのかもしれません。
この本の中に書かれていることで、どうしてもこれだけは主張したいと思ったことが一つ、あります。隠れて子どもを産んでどうしようもなくて捨ててしまうといったニュースが流れると、必ず母親だけが批判されます。でも父親はどこで何をしているのでしょうか?
もし男に対する「妊娠させた罪」があれば、DNA鑑定で父親を特定して責任を負わせる法律があれば、男も本気で避妊するし、緊急避妊薬も薬局で買えるし、経口中絶薬も承認されているんじゃないか。
本当にその通りだと思います。この現状は女性にとって、とても悲しいです。
次男は「努力すれば成長できるというけれど、その努力で出てくるものは、もともと本人が持っていたもので、だから努力すれば成長できるというのは違うんじゃないか」と言いました。
ジェンダーについて、女性は考えています。常に差別される側だから。努力したいと思わなくても考えざるを得ないから。
性差別される側とされない側とでは、見えている世界が違う。
でももし次男の言葉が正しかったら、男の人が努力してくれれば、もともと男性も女性もポテンシャルとして持っている意識は同じはずだから、努力してもらえれば、女性と同じ考え方を、少なくとも理解することくらいはできるのかもしれません。少なくとも総論を理解してもらいたい。その前提で、どういうパートナーシップを築きたいかという各論は、相手と一緒に考えればいいのだと思います。