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高浜敏之「異端の福祉 『重度訪問介護』をビジネスにした男」

厚生労働省の「令和3年度介護従事者処遇状況等調査結果」では、介護職員1年目の平均基本給は17万4680円であるのに対し、私の会社は26万円~31万円以上を実現しています。

タイトルからして、給与の話は必ず出てくると思ったのですが、想像以上の違いで驚きました。令和元年度の初任給が210.2千円(賃金構造基本統計調査ー厚生労働省)となっていることを考えると、高いことが分かります。
福祉人材の不足はとても深刻な問題であると聞きますが、給与が低いというのもその要因の一つになっていると思われます。これだけの給与が支払われるなら、「介護は大変な仕事だから」と敬遠されることも減っていくのではないかという気がします。

この本は、高浜氏がボクシングに熱中していた頃から、株式会社土屋の代表取締役となり、これだけの給与を実現できる会社にするまでの、経緯と思いが綴られたものです。
タイトルを見たときに、社会課題に目を向けて最初から、ビジネスとして成り立たないと持続可能ではない、といった考えからブルーオーシャンに目をつけた的な話かと想像していたのですが、そうではありませんでした。
最初はアルバイトで福祉業界に入りました。職場は当事者が運営する事務所、代表は、現参議院議員の木村英子氏でした。
3ケ月経った頃、代表に呼ばれ、クライアントから理不尽なことを言われたらどうするかと尋ねられました。「適当に受け流しています」と答えたところ、木村氏に「障害者をバカにしているのか!」と一喝されました。

「障害者には社会経験の機会を奪われてきた人も多く、関係を築くのが苦手な人もいる。介助の現場は、私たちにとって他社との関係を学ぶ大切な場所だ。学び合うために一緒にいるのだから、言われたことをロボットみたいにやるだけの介助者にはなってほしくない。ともに在り、ともに幸せを作っていく場なのだから」

そこから高浜氏はクライアントと本音で向き合うことをこころがけるとともに、長くこの仕事をやるかもしれない、と思ったといいます。

仕事の中で様々な障がい者と出会っていく中で、障がい者をとりまく課題を自分事として感じるようになりました。2003年に半世紀ぶりに法改正されて始まった支援費制度は課題が多く、その課題解決のために法改正された障害者自立支援法も利用者負担の課題がありました。重度の障害者ほど負担額が大きくなってしまうのです。

障がい者運動に当事者として携わる新田勲さんに同行して厚生労働省に働きかけたり、その他労働運動やホームレス支援などに参加して夢中になりながらアルバイトをかけもちして疲弊していることに気付きませんでした。労働運動では手ごたえを得たりすることができたものの、障がい者運動では自分の非力を感じるようになりました。過労と重なり、ついに身体を壊してしまい、生活保護を受けることになります。
ほぼ食事がのどを通らず、体重も平時より10キロ減ってガリガリの状態で新田さんの家に行くことがありました。そんな高浜氏を見て、新田さんが足文字で、
「はらへったらいつでもきてくれ、いつでもめしくわせるから」
と語りかけたそうです。
アルコール依存の状態にもなっていたため、セルフヘルプグループや回復支援施設に通い、自分の思考や行動の歪みを見直す時間を持ったことで、「強くなければならない」「正しくなければならない」という強迫観念から解き放たれて、人に頼ることは恥ずかしいことじゃない、と思えるようになったといいます。
この時の体験が、今の自分のスタートラインを用意してくれたと高浜氏は考えています。

二宮尊徳の言葉にこんなものがあるそうです。

道徳なき経済は犯罪であり、
経済なき道徳は寝言である

他の本で読んだのですが、保育は家庭で行われるべきもの、という背景があり、だから保育士の給与がなかなか上がらない。介護分野もそれと同じなのでしょう。

高浜氏はこれをどうクリアしているか、それは、規模の経済とDXの活用であると説明しています。2023年1月に47都道府県への進出を果たし、様々な部分でスケールメリットを出すことができるといいます。さらに、DXの活用で効率化を図っています。そして重度訪問介護という分野も様々な加算がつくことで保険からの支払いがあり、十分な給与を支払えるそうです。加えて、施設入所と比較し、重度訪問介護はクライアントの一人一人に丁寧に対応でき、やりがいのある仕事になるといいます。
おそらくここに書かれている以外にもあるのだと思いますが、現実として、ビジネスとして成り立たせている上に、社内起業で社員のチャレンジも積極的に応援しており、こども食堂などの事業も始めているそうです。
その他、社内では、顧問の障害当事者である安積遊歩さんの助言により、利用者をクライアント、ヘルパーをアテンダントと呼ぶそうです。こうしたところからも、クライアントとアテンダントた対等な立場であるという意識を常にできることになり、ともに在り、ともに幸せを作っていく場につながるのだと感じました。

健常者ならどこに住むかは自由意志で決めることができます。もし他人から住む場所を指定され、そこ以外住むことは認めないと強要されたら、どこに住もうと勝手だ、人権侵害だと怒って騒ぐに違いありません。

障害者は施設にいることが安全で幸せに違いない、弱くてできないことが多いから守ってあげなくてはという、健常者目線でのやさしさや配慮によって、結果的に障害者は様々な選択肢や権利を失ってきたと高浜氏は言います。さらにこんな話もあります。

重度訪問介護を知ることによって、今まで拒否していた延命治療を受け入れ、「生きる選択」をする人もいます。
生きられるにもかかわらず、ALS患者の7割は人工呼吸器の装着を拒否するという話をしました。その大きな理由の一つに、延命することで家族に介護の負担がかかることを避けたいという切実な思いをあげる方が多いのです。

最後に高浜氏はこんな風にも書いています。

どうか障害者問題を自分の問題として考えてほしいのです。そもそも障害はすべての人にとって無関係ではありません。病気や事故で中途障害者になる可能性は誰にでもあります。そのとき社会に受け皿がないということが、どんなに怖くて不便なことか……。そのように創造すると障害者福祉の重要性が実感してもらえると思います。

これはとても大切なことだと思います。高浜氏自身が生活保護を受けて助けられる立場になった経験があること、まだ結婚する前に奥さんが交通事故に遭い障害者になるかもしれないと思ったこと、だからこそ、実感できるのだと思います。ただこうした経験をしている人は、多かれ少なかれ同じように考えているのではないかと思います。
私自身がそうでした。生まれた子がダウン症だった時に、仕事を辞めなければいけないかもしれないと一瞬思いましたが、私の仕事は(当時は部署が違いましたが)社会の受け皿をつくること、それを障がいのある子が生まれたからと辞めなければいけないのは、矛盾していると考えました。
以前福祉にいたときは、身体障害者関係の仕事でしたが、手帳取得する人の大多数が生活習慣病由来、ずっと元気に暮らしていて病気になったと思われる方でした。誰もがサービスを受けなければいけない立場になる可能性があるのです。

高浜氏は土屋総研というシンクタンクも立ち上げています。障害者をとりまく環境をよりよくするため、課題を正確に認識し、それを明らかにし、啓発することを目的としているとのことです。

ウェブサイトにはコラムもあります。読んでみましたが、特に障害者雇用のもたらす効果について記載している横浜市立大学都市社会文化研究科教授の影山 摩子弥氏の書かれたものが印象的でした。障害者の働きやすい職場は誰にとっても働きやすい職場ではないかというなんとなくを、研究成果に基づいて説明しています。

今後も、株式会社土屋に注目していきたいです。

※よく「障がい者」と害の字をひらがなで表記したりしますが、この本の中では漢字が用いられていました。もともとどっちでもいいんじゃないかと思っていましたが、障がい者と表記することがなんとなく増えてきたような気がして使っていましたが(ネット検索でもひらがなにしている方が2倍くらいの件数で出てきます)、そんな程度の問題じゃない、みたいな気もしてきたので、本に準じて、引用以外の部分についても、障害者と表記してみました。

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