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戦中派でなければ描けない戦時下の青春/山田風太郎『戦艦陸奥』
山田風太郎『戦艦陸奥』
本著は山田風太郎ミステリー傑作選「戦争篇」と題されていて、“あの戦争”にまつわる作品が11篇収録されています。
戦時中の人々の苦悶、終戦の瞬間に生まれた悲劇、戦争に端を発する戦後社会のひずみなど、様々な人間模様を描き出されていて、そのうちの一篇「太陽黒点」は山田風太郎ベストセレクションとしても刊行中です。
今回取り上げたいのは、表題にもなっている短編「戦艦陸奥」。
同時代に生きた人々や歴史的な出来事をつなぎ合わせてストーリーを作り出す名手である山田風太郎が、戦艦陸奥の爆沈に題材をとった作品です。
訓練中の荒天により大破し、艦橋部分を爆沈処理された巡洋艦白馬と、
泊地での謎の爆発により轟沈した戦艦陸奥に関わる人々が描かれます。
巡洋艦白馬の事故は、第四艦隊事件がモデルだと思われます。
因縁で結ばれた若者たち
巡洋艦白馬の設計者(鵜殿工学博士)と、その2人の娘(浮城子・万里子)
殉職した白馬艦長の息子(明)
白馬の艦橋部分への砲撃を命じた旗艦の艦長(御厨中将)と、その2人の息子(烈彦・武彦)
軍人の子供世代が織りなす群像劇です。
白馬艦長の息子を、贖罪の意識から保護・後見した鵜殿博士。父のような立派な軍人に育つことを期待しますが、明は厭戦家のニヒリストに成長します。
一方、旗艦艦長御厨の息子烈彦・武彦は立派な軍人に育ちます。
人間関係だけ抽出すれば
〔武彦→万里子→明⇔浮城子〕という恋愛模様なのですが、ここに太平洋戦争がからみ、本人達の意思を超えた「思惑」と「正義」が運命をかき乱していくことになります。
優秀な軍人として戦死の日が迫っていることを自覚した烈彦は、明から奪うように浮城子と結婚。
その年の内に真珠湾攻撃で戦死し、浮城子は1人残されます。
烈彦の戦死をきっかけに、運命は大きく転換。
明は水兵として海兵団に入り、女学校を卒業したばかりの万里子は失踪。
武彦は後に、戦艦陸奥への乗り組みを命じられます。
戦の苦しみと青春の悩み
貴重な戦艦として温存された結果、なかなか実戦の機会を与えられない戦艦陸奥に、武彦の思いは忸怩たるものがあります。鬱屈する日々の中で、横須賀にマリという売春婦がいることを知ります。
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明を慕う万里子は売春婦に身を落とし、マリと名を変え、横須賀に流れ着いていたのでした。さらに、これから太平洋に出兵していく明を追いかけるために、万に一つの可能性にかけて「特殊看護婦」に志願し、南の海へ出て行くのだと言います。
日本の行く末を思う軍人・武彦の葛藤と、万里子には生きていてもらいたいと願う人間・武彦の煩悶が、物語をクライマックスに向かわせます。
戦争の遂行という、現代の常識では考えられないことに命をかけて取り組んだ若者たち。
戦中派でなければ描けない、刹那的で鮮やかな戦時下の青春が印象的です。
物語のラストでは、実際に謎が残る戦艦陸奥沈没の理由についても、山田風太郎なりの結末が示されます。
人間悲喜劇としての本作品の結末としては納得のいく展開ですが、軍事史の観点から新しい解釈を示しているものではないので、その点だけは付言しておきます。
現在、山田風太郎『戦艦陸奥』はKindle Unlimitedにて無料で読むことができます。
普段ミステリーには興味のない方にもおすすめです。
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