団地という、近代的で閉鎖的な空間/横溝正史『白と黒』
横溝正史『白と黒』
今回紹介したいのは、横溝正史『白と黒』。金田一耕助が活躍します。
舞台はマンモス団地。なのですが…。
これは昭和のどの時期なんだろう??
あまり馴染みのない描写が多く、時代のイメージが像を結びませんでした。
答えは昭和35年(1960)
日米安保条約締結、安保闘争、カラーテレビの本放送開始、所得倍増計画…
歴史の教科書に載るようなできごとがたくさん起こっている年ですが、世の中はこんな感じだったのか。
『白と黒』はちょうど1960年前後に連載されていたので、リアルな世相を反映しているのでしょう。
金田一耕助シリーズとしての面白さもさることながら、珍しい時期が舞台の個性的な作品です。
ちなみに、となりのトトロは昭和33年(1958)の設定。
サツキとメイのお父さんは、こんな感じの都会に通勤していたのかもしれません。
都会の孤島、団地という舞台
因習に満ちた閉鎖的な村でも、血塗られた伝説が伝わる絶海の孤島でもなく、現代の団地を舞台にした毛色の変わった作品です。
舞台が近代的だからといって人間の本質が変わるわけでもなく、どろどろした思惑が交錯するのは横溝正史らしいところなのですが、その切り口は特徴的。
団地の巨大な建物の中に、独立した家族たちが集まっている。人が寄り集まっているはずなのに、すぐ隣に住んでいるのが何をしている人かわからない。
団地の中で、他人のプライバシーを暴き立てる投書が横行した、というのがそもそもの事件の発端でした。
あなたの隣人は、本当は何をしている人なの?
疑心暗鬼を掻き立てる舞台装置としては、これ以上ないかもしれません。
ただし探偵譚としては…
金田一耕助は最終的には事件を解決しますが、気取っていないでもうちょっと早く手を打っておけばこんなことにならなかったのでは?という後手後手のパターンなので、爽快感には欠けると思います。
物語のキーになっている白と黒という言葉についても、現代では完全に死語で、ヒントにならないでしょう。
推理モノとしてはすっきりしない部分は否めませんが、物語としては面白い。
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昭和30年に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。