夢は自殺者をなくすこと、だった
お久しぶりです。凪野です。
今回は私の夢だったことについて記事を書いてみたいと思います。
あくまで個人的な考えです。みなさんの考えもぜひコメントで教えてください😌
自殺者を0にしたい
私は、幼い頃からよくニュースで取り上げられる自殺について関心があった。
今日はこの人が自ら命を絶ったのか。
そこまで追い詰められていたんだな。
周りは気づかないのかな?
手を差し伸べられていたら防げたのかもしれない。
自殺するくらいなら逃げたら良いのに。
こんな事を考えながら、ニュースを見ていた。
でも、どこかでその勇気に憧れていた。
虐待され続け死にたいと思う毎日。それでも死ぬのが怖かった。死ねなかった。
子どもは親が大好き。
殴られようがどんな言葉をかけられようが親が悪いとは思わない。虐待されてるなんて考えたこともなかった。
「どうしてこんなに迷惑をかけちゃうんだろう。私がいなければ親は幸せになれるはず。」
そんなことばかり思っていた。
それから月日が経ち、、、
私と同じように死にたいと感じている人がいる、自殺しようとしている人がいる、1人でも多く私がそんな人たちへ手を差し伸べ、助けたい。自殺者をゼロにしたい。
それが夢となり大学に進学していた。
今考えると、助けてほしかっただけなのかもしれない。
気づいたら自殺未遂をしていた
気づくと私は部屋で首を吊っていた。
原因はわからない。何であんなことをしたのか。自分でもわからなかった。息ができなくて苦しくなって辞めた。死ねなかった。何も考えずぼーっとしていた。
翌朝、いつものように起きて準備をしていた。鏡の前に座り、日焼け止めを塗ろうとする。
・・・首から血が出てる。
その時初めて自分がおかしいことに気づいた。ああ、私は昨日死のうとしてたんだ。
自殺するくらいなら逃げろって思ってたけど、自殺に向かってることすら気づけなかったんだ、、、
自殺未遂の他にも、たくさんの症状が出て、病院へ行かされた。
うつ病と診断
重度のうつ病ですね。
何も感じなかった。そんな気はしていた。
薬を出されたが特に何も変わらず。睡眠薬で眠れるようになったくらい。毎日死にたいのは変わらなかった。
それから何度か自殺未遂やオーバードーズに走った。生きていることが1番辛かった。自殺という選択肢があることだけが救いだった。
そんな時ふと思い出した。
私の夢は自殺者をなくすこと。
、、、自殺者をなくす?
自殺という選択肢まで消されたらどうやって生きていくんだ。生きていることが辛いのに、生き続けろ?何が助けたいだよ、偽善者だ。
そう思った。
これまでの夢を見直し、新しい夢へ
現実問題、私は周囲に自殺者をなくしたいと語っていたため、死にたいなんて言えるはずなかった。
自殺者をなくしたいと発信
→自殺はダメなこと
→人に相談できない
→自殺者が増える
そんな負のループを作ってきただけじゃないのか?
そう感じた。
訪問看護に行った時もそうだった。生きてて欲しいのは周りの人。本人は死にたいと言う。見てるのが、辛かった。
そんなに苦しい思いをしてまで生かさなきゃいけないのか。自力で寝返りを打つこともできない、排泄もできない、ただ自殺ではなく、自然に死ぬために激しい痛みと強い怠さに耐えるだけの毎日。自殺をする余力もない。痛みで意識を失って、取り戻しての繰り返し。「あとどれくらい生きるのかわからないこの状況で、仕事を休み続けることもできない。」と疲労困憊の様子で交代で介護に来るご家族。声も出せなくなった患者本人は、この状況をどう感じているのだろう。
看護をしていて、これは患者本人ではなく家族へのサービスだと感じていた。未だに答えはわからないが。
今も自殺は良いことだと思わない。でも選択肢から消す必要はないのではないか、と思う。
実際、ヨーロッパに自殺を認める国もある。
だから私は自殺者をなくすという夢は捨てる。
代わりに、死にたいと感じるこの社会を少しでも改善する。辛い時は辛いと、死にたい時は死にたいと相談できる社会を作る。これを夢にしようかと思う。
正直看護の道に進む気はもうない。どんなアプローチでもこの夢に向かっていけたら、と考える。
「辛いんだよね。死にたいんだよね。
いつでも話聴くから、話したくなったら
言ってね。」
何が正しいのかわからない。
個人的な考えでしたが読んでくれてありがとうございました。
おしまい
凪野