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書籍レビュー『1954 史論―日出ずる国のプロレス』小泉悦次(2024)日本のプロレスを作ったのは力道山だけではない
【約1400字/4分で読めます】
【こんな人にオススメ】
・プロレスが好き
・戦後に興味がある
・スポーツが好き
【こんな時にオススメ】
・日本のことが知りたい
・青春を感じたい
・新しいことがやりたい
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ドラマ『極悪女王』がきっかけで
妻がプロレスにハマった
こうなってくると、私もプロレスのことが知りたくなってきます。
もともと10代の頃は、毎週、テレビでプロレスを観ていたので、まったく知らないわけではないですが、その前の時代の話はそれほど知らないんですね。
そんなことが気になっていた時に、書店で見つけたのが本書でした。
戦前・戦後の時代に、わが国でどのようにして「プロレス」の歴史がはじまったかが本書に書かれています。
日本のプロレスの創始者といえば
力道山が有名であり、それは間違いのないところなんですが、実際には明治時代にもプロレスの興業があったそうです。
ただ、当時は一時的なもので、今のように運営団体を作って、継続的に興行する催しではありませんでした。
また、力道山が相撲からプロレスに転向した頃(1951年)、それぞれ出自の異なるプロレスラーが別々の道で活躍していたことも、本書に書かれていました。
日本のプロレスのはじまりを大別すると
前述したように、力道山は元・力士で、相撲の世界からプロレスに転向しました。
他にも、柔道家からプロレスに転向した選手たちもいて、一番有名なのは木村政彦という選手です。
彼らは力道山とは別の団体に属し、別のルートで、アメリカ遠征を行なっていました。
ルートは違えど、彼らはアメリカで本場のプロレスを経験し、それを日本に持ち込む形で、日本のプロレスの歴史がスタートしたのです。
黎明期のプロレス団体が統合するにあたり、「力道山 VS 木村政彦」という伝説の試合が組まれました。
本書では、後半でこの試合の全容について詳しく語られています。
さらに、もう一つの別の出自として、「女子プロレス」があります。
日本の女子プロレスラー第1号として有名なのが、猪狩定子です。
驚くべきことに、男子・女子ともに日本のプロレスは同じ時期にはじまっているのです。
猪狩定子は、兄たちと一緒に「ショー」の一環として、プロレスを披露していました。
兄たちはコメディアンとして、敵役を演じ、妹の定子がプロレス技でやっつけるという出し物だったのです。
とはいえ、猪狩兄妹も海外でプロレスを学んでおり、力道山たちとは異なるフランスでその興行のノウハウを学んだとのことです(フランスではサーカスの出し物の一つとしてプロレスがあった)。
こうして見ると、日本のプロレスは相撲、柔道、ショー(演芸)といった多様なものがミックスされて出来上がったものであることがわかります。
裏方の話で言うと、興行の世界には古くから反社会的勢力も関わっており、その辺りの歴史も本書で詳しく語られています。
戦後・黎明期のプロレスを知ることは、当時の日本を知ることでもあり、プロレスに留まらず、戦後史・興行史を知るうえでも重要な内容でした。
【作品情報】
発行年:2024年
著者:小泉悦次
出版社:辰巳出版
【著者について】
'60年、東京都生まれ。サラリーマンの傍ら、'96年よりプロレスに関するメールマガジンを配信。'02年、『現代思想・総特集プロレス』で文筆家としてデビュー。
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