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書籍レビュー『檸檬』梶井基次郎(1925)「ままならさ」とともに生きる
早世の作家が残した作品群
『檸檬』は著者の代表作でもある
短編小説で、はじめて刊行された
創作集のタイトルにもなっています。
この作品は、以前から知っており、
書店の本棚の上に
「レモン爆弾」なるものを置く、
という結末を聞いて、
「一体、どんな話だろう」
と興味を惹かれました。
実際に読んでみると、
精神を患った主人公が
京都の街中をうろつくさまが
描かれた作品で、
街中で観た風景の描写と
主人公の内面が描かれています。
タイトルにもなっている
レモンはその道中の青果店で
主人公が手にしたもので、
その果実の冷たさに、
安らぎを覚えるのでした。
作中に出てくる書店が、
「丸善」なんですよね。
本作は1924年に
発表された作品ですから、
ほぼ100年前の作品なわけで、
そんな中に、今もある書店が
出てくることに驚かされます。
そして、最後に主人公が
本棚の上にレモン爆弾を置く
というのは、
いわば、主人公の妄想の話です。
全部、ぶっ飛んでしまえ!
という心境ですね。
なんでも、本作は、
著者が学生時代に下宿していた
京都での鬱屈した気持ちを
下地に書かれた作品らしく、
その辺りの背景が
このような奇抜な描写に
繋がっているんでしょうね。
この度、私が読んだ『檸檬』は、
新潮文庫版で、
20篇の短編が収録されていました。
著者は20代から
論壇の中心から遠い同人誌で
作品を発表していました。
1931年に、初の創作集を発表し、
注目を集めましたが、
翌年には持病が悪化し
亡くなっています。
死後に評価が高まった作家です。
そのような経緯があるため、
創作活動の期間が短く、
多くの作品を残していません。
この短編集で代表作は網羅できる
と言っていいでしょう。
極めて詩に近い読み応え
本書の1作目として収録された
『檸檬』を読んだ感想としては、
どこかぼんやりした印象でした。
私は純文学が
それほど得意ではないので、
相性の合う作品と
そうでない作品の差が激しいです。
『檸檬』が決して、
おもしろくなかったわけではないですが、
すごくおもしろい、
と思ったわけでもありませんでした。
しかし、せっかく読みはじめたので、
本書に収録された作品を
順に読んでいくと、
徐々に作者ならではの世界観に
ハマっていきました。
本書に収録された作品は
以下の作品です。
『檸檬』
『城のある町にて』
『泥濘』『路上』
『橡の木』『過古』
『雪後』『ある心の風景』
『Kの昇天』『冬の日』
『桜の木の下には』
『器楽的幻想』『蒼穹』
『筧の話』『冬の蠅』
『ある崖上の感情』
『愛撫』『闇の絵巻』
『交尾』『のんきな患者』
いずれも短編小説ですが、
長さはバラバラで、
短いものだと6~8ページ、
一番多いのは、
10~20ページ前後、
長いものでも、
40ページ程度です。
小説のページ数としては、
読みやすい文量だと思いますが、
決して軽い読み応えでは
ないんですよね。
6ページくらいの作品でも、
著者の作品には、
妙な読み応えがあります。
スッと読み飛ばすことが
できない魅力があるんです。
小説において、
こういう読書体験は、
はじめてのことで、
とても新鮮に感じました。
強いて言うなら、
「詩」の読み応えに
近い気がします。
一つひとつの言葉に
重みがあるというか、
とても味わい深いんですよね。
だからこそ、
次々に読みたくなってしまいますし、
一度ハマると抜け出すのが
大変なくらいでした。
「ままならさ」とともに生きる
私なりの見解ではありますが、
梶井基次郎の作品の魅力は
二つあると思いました。
一つは、みずみずしい自然の描写です。
著者は若い頃から
結核を患っており、
病床に伏せることが多かったそうで、
そういう生活を送っていたからこそ、
外の世界を見る目が、
他の人とは違ったのかもしれません。
何げない日常や自然の風景が、
彼の視点を通して語られると、
かけがえのないものに感じられます。
そこには、
視覚を通した描写だけではなく、
木々がざわめく音、
鳥がさえずる声、
街中の喧騒、
といった聴覚を駆使した表現があり、
さらに、花や緑の香り、
生活の匂い(臭気も含まれる)、
といった嗅覚を刺激する表現も
含まれています。
梶井基次郎の文章には
五感を刺激する要素が
多分に含まれているのです。
私が思う梶井基次郎の作品の
もう一つの魅力は、
精神や身体を病んだ時の心境が
克明に記されていることです。
もしかすると、
私自身も歳をとって、
身体に不調をきたすことがなければ、
この作品の魅力に気づくことは
難しかったかもしれません。
文学に限らず、世間には、
「難病もの」に類するような
「病」を扱った作品が多くあります。
それらの多くの作品は、
悲劇的に語られ、
多くの人の琴線に触れることでしょう。
しかし、梶井基次郎の作品は、
それらと一線を画します。
彼自身も病を経験して、
そこから得たものを
淡々と語っている感じがあるのです。
著者自身は、
病を克服したわけでもなく、
若くしてこの世を去っています。
それでも、著者は、
病に屈せず、こうして人々の心に残る
作品を描き続けました。
もしかすると、
著者はこうして作品を
描くことによって、
自分自身を
励ましていたのかもしれません。
この中には
『のんきな患者』
という作品もありますが、
どこか退廃的でありつつも、
作中に登場する人物の心境は、
冷静な感じがするのです。
そして、その「ままならさ」を
排除するのではなく、
「ままならさ」とともに
生きることへの覚悟すら
感じられます。
読む人によって、
感じ方が大きく異なる作品ばかり
だと思いますが、
私自身は、本書に収録された
多くの作品によって、
鼓舞された気がしました。
繰り返し読み返したい
名作ばかりです。
【作品情報】
初出:同人誌『蒼空』ほか
(1925~1932)
著者:梶井基次郎
出版社:新潮社ほか
【著者について】
1901~1932。
大阪府生まれ。
1925年から同人誌『蒼空』で
作品を発表。
1931年、初の創作集『檸檬』を発表。
1932年、31歳の若さで逝去。
【著者の座右の書】
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