続・メジャーではないアーティストの音楽の価値はどこにある?
多くの人は「上手」か「有名」で音楽に価値を感じる
洋服を買いにいくと、「それ、流行っていますよ」と得意げに言われます。ジェラート屋さんで並んでいると前の人が「どれが流行っていますか?」と注文しています。
私は、そこにいつも疑問を感じます。なぜ、流行っているものを勧めるのだろうか、なぜ、流行っているものが知りたいんだろうか?と。
流行っているもの=間違いない。
著名な人=信頼に値する。
そうした「だれかの尺度」を、日本人は非常に評価します。そして、自分で「いい」「価値がある」と決めることに対して、自信が持てないのだろうと思います。
つまり、自分で『価値』を判断できない人が多いのではないかと。
自分が「これがいい」「これは素晴らしい!」と感じられないから、だれかに決めてもらう。なんでも多数決で決めるし、だれかのおすすめを買う。
自己判断できない。自分で価値を見つけられない。
そういう人が多いのではないでしょうか。
無名のアーティストでも、実際に生で聞いてみると、そのメロディに感動したり、歌詞が響いたりするものなのに、興味すら持ってもらえないなんて……。
今年の「みんnanoライブ」は、本当に楽曲も素敵だし、PAさんも最高の音を作ってくれて、すごくよかったんです。手前味噌かもしれないけれど。だからこそ、すごく残念だった。
もったいないなぁ、こんなに素敵なのに……。
もっとみんなに知ってもらいたい。聞いてもらいたい。
いっしょに感動を味わいたい。
でも、その前につくづく「価値」を感じてもらえないんだなと、7回も開催してなお思い知るわけです。いまごろ?(笑)。
「行って見たところでなにも得られない」と思われているのだとしたら、すごく残念だなぁと痛感したのです。
表現したその第一印象でジャッジされる
さらに、今の時代では、録音した音源、動画の音で、人はすぐにジャッジします。
ライブハウスで直接「生音」を聞いたわけでもないのに、YouTubeにアップした動画を見てジャッジされちゃう。
その場で聞いたら、もっとよかったはずの音が、スマホ撮影したものをミキシングしないままでとりあえずアップしたのに、その動画の音を聞いただけで、声や音に対して、そのままジャッジされるんですよね(汗)。
もう安易にアップするのやめようと感じました。
メジャーアーティストの楽曲は、プロが細かく調整した音源。それを聴き慣れていて、「スマホで撮影しただけの音」を「現場とは違う」という想像と解釈ができずにジャッジされる。
さらに、私のような未熟なミュージーシャンは、出演するたびに、アップデートしているのですが、それを考慮してもらえない。あの頃よりずっと上達もしているし、プロのサポートだし、レベルアップしてるんだけどなぁと悲しくなる。
そうか。これが世間の姿、反応なのか。
私は「成長過程」を見てもらいたいし、人の成長過程を見るのが好き。
だけど、多くの人は「既製品」「完成品」が好きなんだ。
と、つくづく思い知りました。
だから、みんな、完璧にならないと人前に出ちゃいけない!と、「自己表現」をあきらめるのでしょうね。
人はすぐに「既製品」「完成品」を求める。
恋愛でもそうです。
一度も故障しない、一度もバグらない、
繊細かつタフなノートブックパソコンを求めるように、
恋愛でも「完璧な彼氏」「完璧な彼女」を求める。
共に成長して譲り合っていけばいいのになぁ……。
既製品に慣れた現代人、音楽も「完璧」でないと興味を持ってもらえないのかもしれませんね。
では、それはなぜなのか。
未熟なアーティストがステージに立つ姿を見たいと思えないのは、その姿と自分を重ね合わせるから……いわゆる同族嫌悪かもしれません。
50数年前、アメリカの精神科医フランクリン・アーンスト氏が
「OK牧場」という対人関係の指針を示しました。
この数年ではアサーティブを学んでいる人が増え
この言葉を耳にする人も増えているのではないでしょうか。
「自分はOK、他人はOK(自己肯定・他者肯定)」
「自分はnot OK、他人はOK(自己否定・他者肯定)」
「自分はOK、他人はnot OK(自己肯定・他者否定)」
「自分はnot OK、他人はnot OK(自己否定・他者否定)」
この1番「I am OK. You are OK」になれると
人間関係のトラブルは激減すると言われています。
人と自分を比較したり、どちらが上かとジャッジしたり
しなくて済むからです。
個人的な感覚としては、日本人は、
2のフリをした3や4の人が多い気がします。
きっと、「I am OK. You are OK」の人が増えないと
素人のミュージシャンの音楽イベントの集客は
難しいのかもしれません。
私自身は、メジャーではないアーティストの音楽の価値は
「繊細なリアル」「勇気づけ」「感情のシェアと共感(つながり)」
だと感じています。
それについては、また別の記事で。
そして、今後の対策をすでにひとつ思いついたので
その企画も、いつかまた。