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「現代だからこそ。」


エリック・ホッファー著・「現代という時代の気質」を読んだ。

7歳の時に失明、15歳の時に突然視力が回復。
失明期には当然正規の学校教育は受けてはいない。

そんな障害があったスタートだったけど、
視力が回復してからは貪るように読書に耽り偉大な哲学者になったのがホッファー。


大学教授になってからも沖仲仕の仕事を長く続けたことから「沖仲仕の哲学者」とも呼ばれる。

そんな成り上がりの哲学者が当時(1960年代後半)の社会全体を分析したこの本は、反知性主義の現代だからこそ読む価値があるなと思った。


それに、「現代だからこそ。」って考えは凄く良いなと思った。



ホッファーはこの本を通して知識人を批判している。

知性を持った知識人が権力を握ると独裁が生まれるからだ。

彼の時代に生きていたヒトラーをはじめとした独裁者をみてそう思ったんだろう。


ただ、現代は知識人が権力を握っている時代ではない。


ヒトラーもスターリンも毛沢東もいない。


現代は反知性主義が蔓延っている。


だとしたら、
ホッファーの視点は古いのか?というとそうじゃない。


彼は知識人批判はしたけど、
読書と書くことで哲学者になったように知性知識をかなり重要視していたんだ。


沖仲仕の仕事仲間にも読書を勧めていたほど知識の大切さは知っていた。

なぜそこまで知性知識を重要視していたかというと、
知識人の権力者に対しては知性知識によってしか対抗できないと考えていたからだ。



ここで一旦、反知性主義の意味について。

この言葉はアメリカと日本では解釈が違いハッキリさせないとズレが生じるからね。

アメリカではホッファーのように知性知識(知識人)が権力と結びついた社会を批判するという意味がある。

日本では、ただ単に知性知識(言葉、データ、論理性等)を軽んじて感情感性に重きを置くことを指す。



確かに日本では知識を軽んじる風潮があるなとは感じている。


今月から増税したけど、新聞は軽減税率の対象で書籍・雑誌は対象外なことも知識を軽んじているなと思った。(欧米では書籍・雑誌も対象内。)


テクノロジーが発達したというのもあるけど動画を作る・動画で学ぶ人が多いのも、読書人口が少ないのも反知性主義が原因なんじゃないかと思う。



ただ、だからこそ。って思うんだよね。


だからこそ読書、だからこそ書くことなんじゃないかって。


俺はこの本を読んでホッファーの姿勢を知り、

現代だからこそやるべきことがたくさんあるなと思った。


いつでもどこでも音楽が聴けるからこそ、ライブに行く。

いつでもどこでも映画を観れるからこそ、映画館に行く。

便利で嵩張らない電子書籍があるからこそ、リアル本を読む。

離れていても話ができる・顔が見れるからこそ、直接会う。

知識知性を軽んじているからこそ、知識知性に重きを置く。


だからこそやるべきことは時間もお金も掛かり効率が悪いかもしれない。

ただ、便利で豊かな時代に手間暇掛けたその経験はその人の貴重な財産になる。



知識をつけよう。もっと知ろう。本を読もう。

現代だからこそやろう。



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