気の毒でおかしくて切ない。『迷子の警察音楽隊』【映画紹介】
電車やバスで移動していると不安になりませんか?
特に旅先では土地勘もないうえに地名すらよくわからない。
もし間違えてしまったら大損することになります。
そんな間違いからドラマが生まれる映画、『迷子の警察音楽隊』をご紹介。
※内容を紹介していますが、本編全体の大きなネタバレはありません。
イスラエルが製作に関わっている映画だけあって、冒頭の制作会社ロゴから未知のオンパレード。
しかし、内容は実に普遍的。
派手なシーンはないものの、情緒的な雰囲気を最後まで崩さない映画です。
ある日エジプトからやってきたアレクサンドリア警察音楽隊。
文化センターでの演奏のためイスラエルに招かれた彼らだが、行き先を間違えて辺境にある何もない街に到着してしまう。
帰りのバスが来るのは一日後。
音楽隊はそれまで街の住人たちと過ごすことになるのだが――。
と、ここまでのあらすじを聞いて不安になった人もいるでしょう。
「この映画、綺麗だけど何も起こらない映画なんじゃないの?」と。
先ほども言った通り、派手な事件は特に起きません。
警察隊が一日辺境の街に厄介になる、ただそれだけの映画。
ですが、まずギャグセンスがとにかく高い。
雰囲気を崩さない、クスッとさせる笑いのセンスが本当に高い。
まず行き先を間違えた原因から面白い。
文化センターがあるのはペタハ・ティクヴァで、実際に到着した街の名前はベイト・ハティクヴァ。
この程度の差異はもう誤字みたいなもんです。しかも外国だし。
招かれたにも関わず案内人もおらず、のっけから放置気味。
どうすればいいかわからず序盤はポツンとしているシーンも多い。
そう、誰も悪くない「気の毒な笑い」が巧みなんです。
街に入ってからも退屈そうにしてたり、めちゃくちゃ険悪な家族関係に放り込まれたりともう散々。
そこから徐々に、この映画のドラマの部分がこちら側へ染みこんできます。
街に迎えられてからは主に三人の視点で物語が進行。
団長のトゥフィーク。
遊び人の新人カレード。
作曲に詰まっているシモン。
トゥフィークは団員たちの宿泊場所を手配してくれた食堂の女店主・ディナとロマンスを、カレードは食堂に寝泊まりしている気弱な男パピとスケート場(なぜかある)へ、シモンは食堂の常連客イツィクの家へ。
最悪家族関係に放り込まれるのはシモンです。可哀想に。
それぞれ独立した見どころや演出もありまして、自分が一番好きなのはカレードパートですね。
女の子にまったく話しかけることができないパピにカレードがいろいろ教えてやるというくだりなんですが、最終的な解決方法が面白い。
自分はそのシーンを童貞ラジコンと呼んでいます。詳細は本編で。
とはいえ、やはり物語のメインとして設定されているのはトゥフィークパートでしょう。
彼の物語を追っているとこの映画のテーマが見えてきます。
この映画のテーマ、それは「停滞」。
空虚で何もない辺境の街。そこに偶然やってきた警察音楽隊の面々。
そもそもエジプトとイスラエルという組み合わせ自体も恣意的なんです。
両国はかつて中東戦争で争った国々。
映画ではそれとなく時代が示されており終戦後だと推測できますし、そうした事情が表に出ることもありません。
ただ、この街と登場人物たちの時間は一定の場所から動こうとしません。
一人、象徴的なキャラクターがいます。
電話男という劇中では名前もないキャラクターで、彼は彼女からの電話を公衆電話の前で待ち続けています。
いつ連絡するかという約束もないのにずっと待っているわけです。
気の毒ですよね。
それでも、彼はずっと待ち続けます。それ以外の役割はありません。
そんな彼こそこの映画の「停滞」を象徴する存在だといえます。
だから、見たくないですか?
そんな「停滞」が、警察音楽隊という偶然によって崩されるところを。
氷が溶けるように、それぞれの人の「停滞」が解かれていく。
そしてそれは、必ずしも第三者の望んだ形になるとは限らない。
87分という短い時間のなかでそれを描き切った映画だと思います。
たまには行き先を間違えてみるのもいいかもしれませんね。
大回りして、行きたい方向が見つかることだってありますし。
気になったら是非ご視聴を。
ではまた。
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