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サーカスから世界を紐解く。『〈サーカス学〉誕生』【本の紹介】

読んだ本を適当に取り出して紹介しています。
自分は基本的に文芸書しか読みませんが、興味を持ったら学術書も買うようにしています。ニッチな知識を吸収できて面白いんですよね。

今回紹介するのは大島幹雄『〈サーカス学〉誕生 曲芸・クラウン・動物芸の文化誌』です。

大島幹雄『〈サーカス学〉誕生 曲芸・クラウン・動物芸の文化誌』
せりか書房/2015年

サーカス。
魅力的な舞台としてしばしば小説や映画でも取り上げられる催しですね。
日本では木下大サーカスやシルク・ドゥ・ソレイユの興行が有名ですが、実際観に行ったことのある人はあまり少ないでしょう。
思ったより凄いので、一度行ってみてほしいです。

自分としてもサーカスは大好き。
実態としてのサーカスが好きというよりは、サーカスという概念が好き。
見世物のプロフェッショナルが観客を圧倒するって、それだけでカッコいいじゃないですか。
この本はそういうサーカス概念好きにベストマッチした一冊だと思います。
サーカスを切り口に、人間の不可解な執着や国家の謀略、人が抱く動物への畏怖や芸の起源を巡るミステリーが次々と展開されるからです。

新たに提起された「サーカス学」の第一人者たる著者の語り口は軽妙。
読みやすい文体で、サーカスに関する奇想天外な発見が繰り出されていく。

綱渡りに魅せられた大道芸人たち。
宙に渡された綱を渡るという行為が持つ詩情とは。

空間はもはや空間であるにとどまらない。空が私を吞み込む。なんと見事な死に方だろう!
なんたる歓喜。そんなやり方で無重力の神秘をかすめるなんて!

第一章 綱渡りの詩学
フィリップ・プティ『マン・オン・ワイヤー』からの再引用

「おとぎ話」を作ろうとしたクラウン、エンギバロフの生涯。
善悪が溶け合った世界でそれでも善が勝つ理想を、彼は追いかけた。

「クラウンとは職業ではなく、これは世界観なのだ」もしもあなたがそんな風に世界を見るならば、どんなことをやっていようが、あなたはクラウンであり続ける。クラウニングや滑稽なパントマイム、喜劇映画は、おとぎ話に似ていると思う。そこではとても恐ろしいことが、いつも真剣に、そしていつも悲しく、幸福な結末なのに、悲しいのだ、なぜならそれはおとぎ話として終わっているからだ。

第二章 心に秋を抱いたクラウン、エンギバロフ

熊の曲芸、その起源。
実は深い歴史を持つ熊の調教は何を意味しているのか。

古代から神聖なものとして崇められてきた熊は、キリスト教がヨーロッパを征服するまで、スラブ・シベリア・ゲルマン・ケルト民族のなかで、百獣の王であり、神であった。

第五章 熊の神話学

縦横無尽にあらゆるジャンルを跨ぎ、移動し、接続する。
サーカスでの曲芸のように、自由に知識を展開しています。


個人的に興味深かった内容では、詩人の中原中也に関する論述も。

中原中也の有名な詩として知られる「サーカス」。
詩には「ゆあーんゆよーんゆやゆよん」という特徴的な擬音が登場します。
おそらく空中ブランコの揺れる音だろうこの音が生まれた経緯について掘り下げています。

「そもそも中原中也がこの詩を書くためには、中也がいた大正時代の金沢にサーカス団が存在しないといけないよね?」

そこから日本サーカスと中原中也について掘り下げていったのは肝を抜かれました。
中原中也の詩にそんな切り口があったとは……!


気になったら是非ご一読を。
ではまた。

↓著者、大島幹雄さんのサイトです。

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