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【短編小説】 踊り雀 ♦2
ひとまず、ハクはトウガキのまとめる群れにお世話になることになりました。食事を終え、日光浴を楽しんだのち、群れの若い衆は出かけていきました。
最近移動してきた雀たちの活動は周囲の地形や建物、草木の位置を確認することから始まりました。いくつかの班に分かれて探索するというので、ハクもついていくことにしました。
イザラメの計らいで同じ班になったこともあり、イザラメはたびたびハクを気にかけてくれました。ハクは大人たちの後ろをついていくだけでしたが、両親がいた群れも同じことをしていたと、おぼろげに憶えていました。
食事にありつける場所や水浴び、子育てに適した隠れ家や拠点を移す際の野営地を探しているんだと、父親に教えられたことがありました。そんなぬくもりを感じる記憶が甦り、寂しさがこみ上げてくるのでした。
探索中には、他の雀の群れとも出くわしました。もしやと期待しましたが、ほんの少しの間のことでした。
どうやら出会った雀の群れは、この辺りに住んでだいぶ長いようでした。挨拶を済ませた大人雀たちは、流れるように大人同士の話を始めました。
出会った群れの雀たちは少数のようでした。最近、群れを離れて旅立った雀たちがいたそうです。
のんびりとした口調の雀はちょっと寂しいねと言いつつ、笑っていました。それならと、イザラメの所属する群れの大人雀は、自分たちの群れと合流しないかと提案しました。
そりゃ助かる! と、のんびりした雰囲気の雀は喜びました。
話がまとまったところで、イザラメがハクの両親がいる群れのことを聞いてくれました。シュウロと名乗った小さな群れの長を務める雀は、首を振って知らないねぇ~と、どこか察した様子で答えました。
ひと仕事終え、新しい家となる大きな樹木にやってきました。探索に行かなかった雀たちは、ねぐらを作っていたようです。
心地よいねぐらとまではいきませんが、寝られるだけマシだろうと、みな気にする素振りはありません。
大きな深い緑の葉が雨風をやわらげ、小枝を使って太い枝の間に架ければ、立派な足場ができます。子供雀たちはいくつもの足場が木々の間を繋がれているところを遠目に眺めたり、たいそう声を上げて駆け回ったりしていました。
大人たちにとって見慣れた風景ではありますが、子供たちがはしゃいでいるのを見るたび、今日も一日乗り越えたと顔をほっこりさせて、暮れなずむ空色の時間に安息するのでした。
合流することになったシュウロたちが引っ越しのついでに食料を持ってきてくれました。今日もたくさんの食事にありつけるとみんな喜び、早速宴会が開かれました。
今日は仲間が多く増えたこともあり、一段と賑わっていました。ハクは賑わいの輪から少し離れ、一羽ソボソボとつまんでいました。
ハクのいた群れも、食事の席はよく賑わっていました。しかし、家族同然の仲間がいる場と見知らぬ者の多い場とでは、まったく違って感じたのです。
「お、ぼっちはっけ~ん!」
賑わう光景をぼんやり眺めていたハクを見つけ、さもいつものこと、という具合にやってきたのはイザラメでした。隣に腰を落とすや否や、イザラメはハクの葉皿を覗き込んできました。
「お前チャ種好きなんか。変わってんなー。どれどれ」
そう言うと、なんの断りもなくハクの葉皿にある小さな種を数粒口にしました。咀嚼してすぐ、「うん。マジィな」と仏頂面になって言いました。
ハクは少し腹が立ちました。
「勝手に食うなよ」
イザラメは悪びれることなく、軽く笑い飛ばしました。
「そんなカッカするなよ。ほれ、俺の黄毛花をあげよう。感謝致せ!」
イザラメはくちばしで小さな花びらを掴み、ハクの葉皿に荒っぽく移してきました。鮮やかな黄色い花。時々、道端や河川敷などの緑の地面で咲いているのを見かける花でした。
時が過ぎると綿玉になって、風に飛ばされ、茎から離れていくのを見たことがありました。ふわふわと浮かぶ一本の綿傘を追いかけて遊ぶ子供雀のオモチャにもなります。
黄毛花を食べられるとは聞いたことがありませんでした。ハクは疑わしげな目線を送るも、イザラメはなんのその。マイペースに食べていました。困惑しつつ、ハクはおずおずと黄毛花を口に入れてみました。ごくんと飲み込み、口に広がるなんとも言えない苦みに顔をしかめました。
「にが……」
「はぁ~」
イザラメはやれやれと言いたげに首を振りました。
「このよさがわからぬとは……。ハク、いいか? 苦みの奥を味わうのだよ。口にした後の苦みはくせ者め! て思うかもしれん! けどな、何度か食べていくうちに、おやおやこれはこれは。なんかもう一度食べたいな。やっぱ苦い、でもなんだろう。あら不思議、また欲しくなっちゃうなつッて病みつきなるんだよ」
「へぇー」
ハクにはよくわかりませんでした。
「まあしょうがねえかぁ。お子様のお口には合わないもんな~」
イザラメが不敵な笑みで投げかけると、ハクは不満そうに表情をむっとさせました。
「イザラメだってまだお子様じゃん」
「いやいや、歳的には子供かもしれん。しかーし! 精神的な感覚はもう大人っていうわけよ」
「そう言ってるヤツって子供っぽく見えるんだよなぁ」
「なにおー!」
「うわッ。口に食べ物入れたまましゃべるなよ。こっちに飛ぶだろ~」
「へへ、秘儀! 食べカスの乱れ打ちじゃあい!!」
「もうやめろって。汚い。怒られても知らないからな!」
そう言いながらも、ハクの表情には笑みが見えていました。
一方、傍からその様子を見ていた一羽の雀がいました。鋭く睨みつけるような瞳でじっとハクを見つめる子供の雀は、複数の生ミミズをほおばりながら嫌気を放つのでした。
夜の帷が上がり始め、うっすらと鮮やかな青が空を彩る頃、いたく賑やかな旋律がハクの意識を揺らしました。寒さに身震いし、まだ眠気の残る目を開けました。
枝にぶら下がる緑の葉が小刻みに揺れ動いていました。シャラシャラと音を鳴らし、陽気な歌を盛り上げているようです。そう感じてようやく気づきました。
揺れていたのは葉だけではありません。枝が小さくしなり、上下に揺れていたのです。
細い枝の上でも軽やかにステップを踏み、枝から枝へひとっ飛びする雀もいました。雀たちは枝という枝で踊っていたのです。全身を使い、踊り鳴らす雀たちの楽しげな活気に誘われて木も踊っているみたいでした。
ハクが踊る雀たちに近づくと、「ハクも踊れ踊れ!」「楽しいぞ~!」「お前も来いよ」と体を揺らして誘ってきます。楽しそうに踊るみんなの間を縫って枝を伝うも、他の雀とぶつかりそうになり、慌てて飛び立ちました。
どうにか近くの枝に降り立ち、ほっと胸を撫でおろしました。
「お、ハク、起きたか?」
下から飛んできたイザラメはハクのいた枝に着地すると、踊りながら近づいてきました。
「昨日はよく眠れたか?」
「う、うん」
「そか。んじゃ、お前もおどりゃんせ」
ハクは周りの雀たちを一瞥し、困った様子で小さな声で言いました。
「僕、踊ったことないし」
「そんなの関係ねえよ。適当に真似すりゃいいのさ。こういう風に」
イザラメはくるっと回転して見せると、みんなの高らかに歌う音に合わせて上下に体を揺らします。雀たちの声は重なり合い、ずんっと全身に響いてくるような感覚がありました。
踏み鳴らし、踊り鳴らし。それに合わせて葉も枝も揺れて。すべての音がハクの体の中に入ってくるようで、不思議と楽しくなっていく気がしました。
少しだけ自分もやってみようかと周りの雀たちの動きを真似て、羽を広げて体を揺らしてみました。他の雀たちと比べると、なんともぎこちなく、恥ずかしそうにしているのが伝わるものでした。それでもイザラメは、
「そうそう!! やらぁできんじゃん」と笑ってくれました。
澄み渡る空気に朝日がふわりと注がれ、角ばった建物が整列する並木通りに華やいでいます。はつらつとした清らかな声は、雀たちのいる一本の樹木のそばにいた鳥や虫、猫がそばだててしまうほど。
その日だけは、平凡な一本の樹木がお祭りやぐらに飾りたてられていました。
規則的に並べられた構造物が一帯となって、どこまでも続く道。人通りが増えてきた頃を見計らい、雀たちは各班に分かれて出かけました。
昨晩の祝宴で予想以上に食料を消費し、今日の分の食事を取りに行かなくてはならなくなったのです。
まだ自分で餌を取りに行くことができない小さな子供がいる親には、優先的にわずかに残っていた食料が分けられましたが、育ち盛りの子供のお腹を満たすほどではありません。
ハクとイザラメも、食料の確保に向かいました。雑踏と車列が交差する上を飛び回り、探索していきます。袋に入ったごみを漁るカラスを横目に、せかせかと土を掘ります。
自転車や人にも気をつけながら、イザラメたちは線虫やミミズを獲っていきます。ハクも彼らにならって土を掘ることに努めました。すると、土とは違う感触がくちばしに当たりました。
初めて自分で餌を獲れたことが嬉しくて、誰かに言いたくなりました。そばで草木を調べていたイザラメに声をかけようとした時でした。
鋭い鳴き声が響きました。胸の奥がしぼむような感覚に襲われ、とたんに声を出せなくなりました。
ぱっと視線を向けました。行き交う人の足音、車の走行音、人の話し声。煩雑な音がばっこしていく中で、黒い体をしたカラスの瞳がハクを射抜いていました。
ハクはその獰猛な瞳から目を離せなくなりました。くちばしが小刻みに動くも、声はありません。体も震えますが、だんだん熱が奪われていきます。ハクは身も心も恐怖に染まってしまいました。
今すぐ逃げたい。でも体が言うことを聞いてくれません。イザラメがハクに気づき、声をかけました。ハクはイザラメの声に反応しません。一点を見つめ、表情をこわばらせていました。
「ハク、ハク! おい、ハク!!」
何度か体を小突かれて、ようやくハクの目がイザラメに向きました。
「大丈夫かよ」
「う、うん。大丈夫……」
イザラメは安堵したように微笑みました。積まれたごみ袋にたかっていたカラスに目を向けると、カラスはごみ袋の中身を漁っていました。
ハクは胸を撫でおろしました。ですが、まだ呼吸は荒く、心が落ち着くまで時間がかかりそうでした。
「はっ! 情けねぇ! たかがカラスにビビりやがって」
羽の雀に近寄る雀は、いかにも勇ましく堂々とした体つきをしていました。
「そんなんでこの先、生きていくつもりかよ」
「ケンゴロウ。こいつはまだ生まれてからずっといた群れと離ればなれになったばかりなんだ。怖い思いをしたんだよ」
イザラメがワケを話しますが、ケンゴロウは厳しい態度を崩しませんでした。
「怖い思いなら誰もがしてるさ。自分で飛べる歳にもなって、怯えて餌取りもまともにできねぇヤツがいると目障りなんだよ!」
ケンゴロウは野菜の葉をくわえると、飛んでいきました。
「気にすんな。あいつも基本はいいヤツだから」
イザラメは落ち込んでいるハクを慰め、食料の確保を続けました。
その後、ハクは居心地の悪さを感じていました。すれ違うたび羽で小突かれ、他の雀たちに自分の悪口を言っていました。何かにつけて様々な嫌がらせを受けるようになり、ハクは他の雀の目を盗んで一羽になれるところへ向かうことが多くなりました。
ハクが気を落ちつけられるのは、茂みの中だけでした。このままずっと、居心地の悪い日々が続くのだろうかと悩んでいました。いっそのこと、群れから逃げ出そうかとも考えるようになりました。
ハクが棲家の樹木に戻ってくると、イザラメが驚きの表情で駆け寄ってきました。
「どうしたの?」
イザラメは少し怒りのこもった口調で息を荒立てました。
「どうしたのじゃねえよ。どこに行ってんだよ。探したんだぞ」
「何かあったの?」
「夕食の時間だってのにいつまでも顔見せないから探してたんだよ」
「ごめん」
「いいんだよ。行こうぜ」
がやがやと話し声が聞こえてきました。仲間の雀たちが今日の収穫をお互いにねぎらっていました。
多くの食材が並んでいる大処で好きなものを取って食べている雀たちの間を縫って、自分の分を取って空いている場所に落ち着きました。
「何してたんだ?」
唐突にイザラメに聞かれ、ハクは言葉に詰まりました。
「……休んでたんだ」
「猫とかタヌキに襲われんぞ」
「そうだよね。気をつけるよ」
イザラメは横目で盗み見ました。ハクの表情は今日の空模様のように曇っていて、今も苦しそうでした。イザラメはためらうも、やわらかな表情で口を開きました。
「ケンゴロウには俺から言っておく。でも強情だから、そう簡単にやめてくれるとは思えないけどな」
「僕、迷惑じゃないかな?」
「誰にでもできないことはある。それに、ハクは十分みんなの役に立ってるよ」
「そうなのかな」
「ケンゴロウは俺たちの群れの中じゃ、若い雀のリーダーなんだ。アイツも大口叩ているけど、なんだかんだ苦労してるんだよ。たぶん、一番ハクのことを気にかけてるのはケンゴロウだ」
ハクは疑念を浮かべました。
「アイツも同じだよ。もともと、ケンゴロウは他の群れにいた雀だ。トンビに群れを襲われて、ケンゴロウの父親が陽動に向かった。でもケンゴロウは後を追って、負傷しちゃったんだよ。俺たちが見つけた時、ケンゴロウは家の敷地の草むらにいた。ひどい傷で、助かったのも奇跡だって聞いた」
ハクはケンゴロウの古傷を思い起こし、悲しい気持ちが胸の奥にじんわりと沁み込んでくるのを感じました。
「俺たちの群れで預かるってなったんだけど、最初の頃はケンゴロウもビクビクしてたよ。知らない雀ばかりだし、大きな羽音を聞くだけで固まってたりな。いつか、自分を迎えに来るって思ってたみたいだけど、もう三年……。寂しさもどっかやっちまったらしい。他にもはぐれた雀を引き取ったりしてたら、アイツが発破かけんだよ。いつまでめそめそしてんだってな」
イザラメは懐かしげにクスと笑いました。
「そうしてるうちにアイツを慕うヤツらが増えて、すっかりうちの若衆のリーダーだよ。ま、たまにやんちゃするのが困りもんだけどな」
枝に実る果実のような賑やかな声と笑顔が街灯に照らされていました。木の葉の隙間から入り込む光は、儚く、らんらんと命の灯をしとやかに映し出していたのです。いつぞ消えゆく灯かもしれません。
だとしても、今この時を生きる雀たちは、心に何かを抱えて、その灯を燃やし続けるのでしょう。誰も一羽きりなんてことはないと示すように、輝くのです。
「お前も辛いと思う。でも、お前もきっと誰かを支えられる。俺はそう思うよ。ほら、早く食わないとなくなっちまうぞ」
「うん……」
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