【短編小説】 踊り雀 ♦3
それからハクは群れのみんなの手伝いを積極的にするようになりました。少しずつ他の雀たちがやっていることを覚え、自ら動いてみんなの役に立とうとしました。時々失敗してしまうこともありますが、心配をかけてばかりじゃいられないと気持ちを切り替えて頑張りました。
群れの雀たちも、ハクの変化に気づいていました。最近群れに入った子供の雀としか認識されていませんでしたが、ハクが自分のできることをやってくれるので、大変助かっていると感謝されるようになりました。
そんな日々が続いたある日、ハクとイザラメたちが赤子を身ごもった母雀の巣づくりに必要な材料を持ち返ったところ、棲家がピリピリした雰囲気に包まれていることに気づきました。
「なんか、ピリついてんな」
「うん」
イザラメは近くで羽の手入れをしている雀に声をかけました。
「イチョウさん」
「おお、イザラメ。お帰り」
「なんかあったの?」
イチョウと呼ばれた雀は顔を曇らせました。
「ケンゴロウが帰ってこんらしい。なんでも、食料の調達で複数の鷹に襲われたそうだ」
「ケンゴロウは今どこに!?」
イチョウは首を横に振りました。
「わからん。同行していたクラカネさんに詳しく話を聞いてるところだ。同行者もだいぶ痛手を負ってる」
「治療所にいるんだな?」
「ああ」
イザラメは真剣な表情でハクに迫りました。
「悪い。これ、マシオさんのところに届けておいてくれ」
イザラメは数本の小さな木の枝をハクに預けました。
「イザラメは?」
「事情を聞いてくる。マシオさんによろしく言っておいてくれ」
イザラメはすぐ飛び立ち、棲家の下層へ降りていきました。
ケンゴロウと別れた位置を把握した雀たちは志願者を集い、捜索に出ることになりました。
ハクは震えながらも志願者として名乗り出ました。ハクはイザラメと一緒の班になりました。イザラメは「大丈夫」と微笑み、羽で小突きました。たった一言、信頼できる友達にそう声をかけてもらえただけで、不思議と怖さはやわらいでいきました。
集まった志願者はお互いに段取りを確認し、それぞれ任された範囲に向かいました。
ケンゴロウは他の二羽の雀と食料を取りに出かけていました。畑を見つけ、そこで食料を確保している時でした。
ケンゴロウの叫び声が聞こえ、同行していた雀が見ると、鷹の群れに襲われていました。かなり遠くで襲われていることに、同行者である雀たちは驚きました。単独行動はしないという決まりを破っていたのです。
同行していた雀たちも、ケンゴロウが離れて行動していたことに気づけなかったと漏らし、何度も謝っていました。
ケンゴロウはパニックになっていたらしく、どんどん畑から遠ざかってしまい、追いつけなかったそうなのです。それでも追いすがり、姿を晒して鷹を引き寄せましたが、一羽の鷹にあしらわれ、やむなく巣に帰る決断をしたのです。
数羽の鷹に襲われる。それを想像しただけで、ハクは身震いしました。ケンゴロウを捜すのが目的ではありましたが、自然と鷹がいないか警戒していました。
ケンゴロウが逃げた方角をしらみつぶしに捜していく雀たち。木々の葉の中や草むら。ごみ袋が積まれるところや車の下。公園の遊具の中も隅々まで捜しましたが、見つけられません。時間だけが刻々と過ぎていきました。
捜索班は一度集まりました。どこを捜したか確認し合い、これからの捜索について話し合っているようでした。その輪の外側で休みながら話し合いを見守るハクは、心苦しい思いに駆られていました。
ケンゴロウはきっと不安でいっぱいになっているに違いないと。経験したからこそわかる、あの時の絶え間なく積もりゆく不安は、このまま野垂れ、死んでいくのだろうかとさえ考えてしまいそうになるのです。
地に水玉模様が描かれ始めると、そこら中でハタハタと音が鳴り出しました。すると、話し合いの輪が解け、待機していた雀たちに向かってくる今回の捜索隊のリーダーである大人雀が口火を切りました。
「みんなご苦労。ケンゴロウの捜索だが、あと一時間。これで見つからなければ、救助を断念する」
冷たい静寂が空気を駆けめぐっていきました。
「先ほどと同じく、連絡地はここ、白い小さな屋根の上。二羽の雀を常駐させる。一時間たっても戻ってこない場合は置いていく。そのつもりで。では、幸運を!」
竹を割ったような勇ましい声が締めると、雀たちはそれぞれ班のリーダーの下に向かいました。
雀たちはケンゴロウの名前を呼びながらあちこち捜し回っていきます。特に見えにくい建物の裏は入念に調べました。飼い犬や川にいたカエルにも聞いてみましたが、ケンゴロウの手がかりはありません。
ポツポツと落ちてくる空の涙が温度を奪ってきます。長時間の捜索は大人の雀でも息が上がっていました。
野良猫や人間の子供にちょっかいをかけられたりして、捜索も思うように進みません。他の班と出くわし、一度捜した場所をまた調べてみようとなり、捜索範囲を交換して指定された捜索場所へ向かいました。
イザラメはため息をつきました。集合時間が迫っていたのです。
ケンゴロウは諦めるしかない。ケンゴロウとの思い出がふわりと浮かんで滲んでいく感覚が、イザラメの胸を締めつけていきました。うつむき、声を押し殺して泣くイザラメは、突然響いた大きな音に驚きました。
裏路地に置かれていたごみ箱が倒れた音でした。蓋が取れ、空き缶が道に散らばりました。「いつつ……」と声を漏らしながら、ごみ箱からハクが転がり出てきました。
はたとイザラメと目が合うと、ハクは散らばった空き缶を一瞥し、気まずそうに口を開きました。
「どどどうしよう。僕、こんなに大きいもの、直せないよ」
あたふたするハクは、たばこの灰や缶に残っていた飲み物で体中を汚していました。
イザラメは視線を落としてくくっと唸ると、豪快に笑い出しました。ハクは何がそんなにおかしいのかわからず、戸惑いました。イザラメはひとしきり笑うと、先ほどまで打ちひしがれていた様子はなくなっていました。
「ハク。ありがとう。お陰で目が覚めた」
「え?」
「いや、なんでもない。早く見つけてやろう」
「うん!」
ハクは力強く頷きました。
イザラメが駆け出そうとした時でした。路地裏から見上げた空に一つの影。
「イザラメ?」
助走をつけたイザラメが途端に足を緩めたことに、ハクは首を傾げました。
「鷹だ」
「え?」
ハクはイザラメと並び、空を見上げます。電線が走る宙の向こうで、鷹らしき影が空を飛んでいました。
「三羽もいる」
「複数の鷹に襲われることは稀だ。好んで単独行動をする鷹が同じところにいるってことは」
「ッ!? あの近くにケンゴロウがいる?」
「みんなに知らせに行こう」
ハクとイザラメは一度、連絡地に戻りました。捜索に出ていた仲間の雀を招集し、捜索隊のリーダーに複数の鷹がいたポイントを伝えました。すると、リーダーは即断し、息巻いて指示を飛ばしました。
班の一つは別働で引き続き捜索し、二羽の雀を連絡地に滞留。残った雀たちでケンゴロウがいると思われるポイントに向かいました。
緊張した面持ちで現地に向かう時も、話は続けられていました。一番肝心のケンゴロウの救出です。
救出は一瞬のミスが命取りになります。素早くかつ冷静に、事を運ばなければなりません。
そのためには、あらゆる場面を想定しておく必要がありました。まずはケンゴロウがポイント地点にいるかどうか。ケンゴロウが生きているかどうか。ケンゴロウがどれだけ動けるか。考えうるパターンごとに、行動の仕方を確認し合いました。
とても辛い話も聞かされ、ハクの心はグシャグシャになりそうでした。
覚悟はしていたつもりでした。でも、実際に死んだ雀を見たことのなかったハクは、大人たちの話を半分も理解できないくらいに不安の渦に飲まれていたのです。それでも行かないという選択肢はありませんでした。自分でもわからない衝動がハクを突き動かしていたのです。
捜索隊はポイントに辿り着きました。鷹たちはまだ周辺に留まっていました。
建物と建物の間にある室外機の上に固まっていた捜索隊は、各自最終確認に入っていました。範囲を絞り、素早く効率よく捜索しなければ、それだけ時間がかかってしまいます。時間を追うごとに鷹に見つかる危険がありました。
冷静になれと言われても、早まる鼓動を抑えられそうにありませんでした。
ですが、ただ一つ。何度も作戦を耳にしているうちに、自分の中で明確になっていくものがありました。
みんなで楽しそうに食事をする光景。活気ある雀の踊る姿。声高々に歌うみんなの姿は、あの日塞ぎ込んでいたハクにわずかながら生きる力をくれました。楽しい光景にほんのりと悲しみの影がちらつくのは嫌だったのです。
「これが最後のチャンスだ。必ず捜し出すぞ!」
リーダーが活を入れると、雀たちはさながら決戦に向かう戦士のように声を上げました。
雀たちはそれぞれ三羽一組で飛び立ちました。どの雀も行き交う人々の頭の上近くを飛ぶようにしているみたいでした。
大人雀たちが言うには、鷹は決まって高い場所から見渡す傾向があるそうです。鷹は遠くからでもよく見える目を持っているため、離れた場所からでも獲物を狙うことができるのです。
それでも見逃してしまうこともあるようで、特に人や車などが多く通るところや細い道などの建物が死角になりやすい場所では、いくら目のいい鷹でも難しいようです。
ハクとイザラメは全感覚を集中させていました。緊張を感じる暇もないほど、目に入るものに注意を払いながら捜し回ります。時にはケンゴロウの名を呼び、返事を期待しました。
イザラメは住宅の庭に入り、並べられた鉢植えの間にも体を入れていきました。ハクは一階の屋根に留まり、色々な角度から見渡してみます。
カーポートの屋根や駐輪場、排水溝、物置と建物の隙間。あらゆるところに視線を向けていると、か細いうめき声がかすかに聞こえてきました。
「ケンゴロウ!」
ハクは鋭く声を張り上げました。
また聞こえてきます。
「イザラメ! イザラメ!」
「どうした!」
向かいの家の門柱に飛び移ったイザラメが返事をしました。
「声が聞こえる!」
「! ケンゴロウか?」
「うん! 間違いない!」
同じ捜索班の一羽の雀を呼び、ケンゴロウの声が聞こえたという家に集まりました。
雀たちは喉が切れるかと思うくらいケンゴロウの名を呼びます。
「ほら、また聞こえた!」
「ああ、でもどこからだ?」
大人雀であるオウギも、ハクがケンゴロウの声を聞いた家を重点的に捜し始めました。そこは他の家と違っていました。雑草が高く生えており、家の外壁はくすんでいました。
普段は絶対にやらない行為でした。イザラメとハクは草むらの中に入っていきました。オウギはハッとして口を開きましたが、喉元まで出かかっていた制止を飲み込みました。
危険を承知で捜索に出ている現状です。覚悟なしでは見つけられるものも見つけられないと思い、オウギも続きました。
三羽の雀はケンゴロウを呼び続けながら草を押しのけていきます。どんどん声は近づいていました。硬い葉も構わず強引に進んでいくと————草むらの中にぐったりと横たわっているケンゴロウがいました。