やわらかな澤田流 治ろうとする力を伸ばすお灸(1)
第1回:大好きなお灸、大好きな『鍼灸真髄』
木村辰典(きむら・たつのり)
木村鍼灸院院長、大阪行岡医療専門学校非常勤講師
【運命の書、『鍼灸真髄』】
専門学校に入りたての頃、恩師の上田静生先生(上田鍼灸院院長)から、代田文誌先生の『沢田流聞書 鍼灸真髄』(医道の日本社)を暗記するまで読み込むようにいわれました。
以後、読んでは、患者さんにお灸を据え、迷ったときにはまた読んで、座右の書として、今もこの本から学び続けています。
『鍼灸真髄』は数多くの臨床例から、灸穴の反応の出方や治療配穴が詳しく書かれています。上田先生が、なぜ『鍼灸真髄』を読み込むようにおっしゃったのか。駆け出しの僕に明確な答えは与えてくれませんでした。しかし今、その理由が少し理解できます。
そして、この本のおかげで、日々、大好きなお灸を患者さんに据え続けることができています。
本当のことをいうと、最初からスラスラ内容が入ってきたわけではないのです。
よくわからないまま、症状が取れたとされる特効穴について記載されている部分にマーカーを引き、澤田先生の名言に付箋を貼ることで安心をしていた時期が長くありました。
その頃の僕は、この本を完全に誤解していました。
この本は、知識を増やすための本ではなく、澤田先生が生きた身体の反応をどのように捉えていたのか、それを時系列で学び、追体験することができる、実践的なガイドブックだったのです。
そう気づいたきっかけをこうして伝えることで、皆さんに澤田流に興味を持ってもらえることができれば、こんなに嬉しいことはありません。お灸を据えることと同じで、「澤田流って面白そう」と思ってもらうことが一番ですから。
【整理整頓されていない本、だから面白い】
『鍼灸真髄』は、特別な本です。
何といっても、主人公である澤田健先生ではなく、お弟子さんの代田文誌先生が書いている。しかも内容は治療見学風景で、時には患者さんとの会話まで、師匠を情熱溢れる眼差しで描写しています。それによって、澤田先生の人間性、臨床力、昭和初期の時代背景などが生き生きと伝わってくるのです。
繰り返し読んでも、新しい発見や感動があります。それはどうしてだろう、という疑問がずっとありました。あるとき、僕なりの答えが見つかり、そこからいろいろなことがつながり、臨床における学び方にも大きな変化があったのです。
その答えとは、少し誤解を与える言い方かもしれませんが、この本の「まとめられていない構成」そのものではないか、ということです。
普通の鍼灸の本といえば、生理観、病理観、治療法、手技などによってきちんと構成され、その内容に矛盾はありません。しかし『鍼灸真髄』は、昭和2年から12年までの約10年間の聞書のため、そのときに澤田先生が影響を受けていた書物や宗教によって治療法も変化し、書かれている内容も変化しています。
ときには、前にいっていたことと矛盾することでさえ、そのまま記載されています。そもそも本にするために発言していたわけではなかったからです。
澤田先生の死後、代田先生は澤田先生の治療室で見聞したことをまとめ、本として世に出すときに、矛盾点を編集しませんでした。そして、澤田先生の伝記を付されました。この本の「序」に書かれているように、代田先生は「述べて作らず」の編集方針を選んだのです。
ここに、代田先生の素晴らしい人間性と師匠への尊敬を感じます。
代田先生の配慮によって、澤田流が初めから完成されたものではないことを、後学の僕たちは知ることができます。
「完成されたものではなく、もっと柔軟な治療法」――このように考えると、本の読み方が変わり、臨床で自分の感覚で捉えた、生きた身体の経穴反応を中心にして、この本を読んでいくようになるのです。
お灸を据えるのがもっと楽しくなる『鍼灸真髄』。
しばらくの間、一緒に読み進めていきましょう。
(つづく)
鍼灸の名人といわれた澤田健に師事した代田文誌がその日常治療の間に見聞したものを筆録。この書に記されている説は大方、鍼灸古典の説に基づくものであるが、同時に著者の独創的見解も多い。その思考や表現はきわめて素朴で簡単で、治療の実際に役立つ、臨床的真理の宝庫。
著者プロフィール:木村辰典(きむら・たつのり)
1976年生まれ。曾祖母が産婆と灸治療、母親と姉が鍼灸治療をしていた影響で鍼灸の世界に入る。2002年に大阪行岡医療専門学校鍼灸科に入学。2002年より母親の同級生である上田静生先生に師事。初対面のときに「鍼灸真髄を暗記するまで読みなさい」と言われ澤田流と出会う。2005年、大阪行岡医療専門学校鍼灸科卒業。あん摩マッサージ指圧師免許取得。その後、澤田流の基礎古典である『十四経発揮』の教えを受けつつ臨床にあたる。2010年より一元流鍼灸術ゼミにて伴尚志先生に師事。2012年より澤田流や灸術を学ぶための「お灸塾」を開講。
2007年4月より大阪行岡医療専門学校に勤務。現在は非常勤講師。2011年10月より同校の「お灸同好会」で指導。2009年より大阪ハイテクノロジー専門学校非常勤講師。2005年より母親が営む木村鍼灸院に勤務。2016年、自身の木村鍼灸院を開業。
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