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夜が明ける(感想文)


この本は危険だ。

私は西加奈子さんのエッセイや『円卓』のような、すごく笑えてどこか温かいお話が大好きで、『きいろいゾウ』を何度も読み返しているし、『漁港の肉子ちゃん』や『サラバ』といった、みんなの中の“西加奈子といえばコレ!”みたいな物語ももれなく好きだ。


だから、よく見ないで気軽に二千円という対価を悩むことなく払い、連休の楽しみにぬくぬくとあたためて嬉々としてページをめくった。
読み始めてすぐただならぬ空気を感じてからはずっと半泣きのような顔で、主人公が擦り減っていくのと同時に具合が悪くなった。

この本は危険だ。

ずっと閉じ込めてきた感情があふれだして止まらなくなってしまう。


西加奈子さんの『夜が明ける』は、
「俺」と「アキ」の友情を通して、彼らの思春期から30代までの生活が描かれている。
「アキ」は生まれた瞬間からどうしようもない貧困の中にいる。そして普通の家庭に育ったはずの「俺」も突然負のループに投げ込まれる。
架空の物語の主人公たちを取り巻く、貧困や過重労働といった過酷な環境は、他人ごとのようで決して他人事ではなく、どこか身につまされる。
“負けるな”と声をかけてくれる優しい人のセリフがとても痛く息苦しいのは、ずっと気づいていたのに気づかないフリをしてきた、自分の想いに気づかされるからだ。



思えば、頑張ることは当たり前だった。
一度でも必死に何かを頑張ったことがあるのかと大人たちに言われ続け、努力と根性を見せることが最良なのだと教えられて大人になった。
思い通りに事が進まないとき、何か失敗したとき、それが不可抗力であっても、自分が悪いのだと言い聞かせてきた。
全ては“自分のせい”だから、分からないことがあることも人に頼ることも恥ずかしいことだ。
大したことじゃないのに、気にしている私が悪くて、引っかかっていたらキリがないのにいちいち腹を立てる私が悪くて、もっと努力すればどうにかなったのに、そうしなかった私が悪い。

大学に行く為に大勢の子供たちが奨学金を借りること。ハラスメントを指摘すれば、あなたもあなただと同性から言われること。そこに怯むことなくNOを突きつければ、扱いにくい面倒な奴だと思われる世界だ。
きっと私たちはこの世界に順応する為にいくつものATフィールドを張りまくり、無関心を武装して、小さなことは気にならない心の広い人を装い目を瞑ってきた。
おかしいと思っているのに言葉を飲み込んで、いつのまにか忘れたフリをした感情が洪水のように溢れ出す。
そして最悪なことに、自分が浴びてきた“自己責任論”を私は他人にも押し付けるようになっている…ということに気づかされる。


物語の中には実際に起きた事件や現実世界にあふれる様々なイシューが登場する。
何かを感じても言葉にできなかった想いが、あるいは正しい言葉を選べず、通りすがりの誰かに揚げ足を取られることを恐れ、声をあげることを諦めて、心の奥に押し込め忘れたはずの感情が燻る。
何を思うのが正解なのかは分からない。
ただ、嫌だと思った素直な感情が蘇ってくる。
そこで思考を止めて向き合わなかった自分の甘さと何も行動を起こさなかった弱さが剥き出しにされる。


この本を読んだ人たちが訳も分からず涙を流すのなら、ずっと心の中に閉じ込めてなかったことにしていた、自分の本当の想いをすくい上げてくれるからだろう。


私たちはもっと自分を許してもいいのだと、この物語は教えてくれる。
本当に辛いときは、すぐ隣の他人に助けを求めてもいいのだと語りかけている。



だけど悲しいことに、この現実世界のどこかにいるかもしれない、この物語を必要とするはずの「俺」や「アキ」の元に、物語がすぐに届くことはないだろう。

主人公たちの状況は決して他人事ではないけれど、この本を読む誰もが裕福なのかといえば決してそんなはずはないけれど、少なくとも二千円の本を買い、分厚い本を読むまとまった時間を作り、連休が終わってしまうことを嘆く甘えた私たちが何を言ったところで、どんな言葉もすべり落ちる。どうせきれいごとでしかないじゃないかと思う。
そして豊かではなくても温かい部屋で食に困ることもなく暮らせるのだから私たちはまだマシだと思っていること自体きっとおかしい。



だけど、それでもこの物語がたくさんの人に届いてほしいと願う。
物語に登場する2PACの言葉のように、
温かい部屋で本を読み耽る声の小さな私たちが、直接世界を変えることはなかったとしても、この物語に感化された人たちが刺激した脳がやがて世界を変える日を諦めてはいけない。




夜明けは見えない。
“夜明け前が最も暗い”のだと“夜明けは来ます”と言ったあのヒーローは闇堕ちするけど、その言葉に勇気をもらった人たちは星の数ほどいるのだ。

夜明けは見えない。
それでも、
もっと私たちは自分を許してもいいのだと、恥をかいて生きてもいいのだと、西さんが背中をたたいてくれている。


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