【長編連載】アンダーワールド~冥王VS人間~ 第一部ー10ー
「霊電力」
向井がカフェから離れて端末を見ていると、
近くにいる霊の位置情報が点滅した。
かなりいるな。
この中で派遣霊はどのくらいの数いるんだ?
派遣先も探さないといけないし……
派遣課は高田が任務終了してから、
向井が就任した最初の一年間は空きの状態だった。
今でこそ機能し始めたものの、
向井が調査室に入った直後は、
特別室の仕事に従事していたので、
派遣課には名前だけの在籍になっていた。
なので霊の数が増えてしまったわけだ。
現在は派遣課が通常になって、
向井が調査員に戻っている。
そんなことを考えていると安達がやってきた。
「助っ人に来た」
「おっ、助かった。
仕事が出来る仲間だと心強いな」
「室長に向井のサポートに入れって言われただけだから」
安達は下を向いていった。
素直になれないこの性格が向井は好きだった。
「とりあえず、ナンバープレートを渡しておくから、
派遣希望を見つけたら話を聞いておいてくれる? 」
「向井はどこ行くの? 」
渡されたプレートを見て言った。
「さっきそこで大御所の派遣霊に会ってね。
調べてみたら、
過去に取引してる作家がいるんで、
少し調べてみようと思うんです」
「………」
「派遣回数も十件以上だし、
早く再生してもらいたいでしょ? 」
「わかった。
昨日の事故現場をもう一度見て回ってくる」
「悪いね。
できるだけ早くに合流するから」
そんな話をしていると、
道の脇から突然牧野が走って出てきた。
「これで二十体だぜ」
「それじゃ、全然足りませんよ。
室長に百体は集めるように言われませんでしたか」
「うるせえ! だったら、テメェも少し手伝えよ」
「私は環境課ですから。
それに歩合制の牧野君にはいいお金になるのでは? 」
牧野が息を切らして前かがみで体を休ませている横で、
上下セットアップのカジュアルスーツの男性が、
涼し気に立っていた。
「あれ? 牧野君と………佐久間さん?
珍しいコンビですね」
「そちらも今日はコンビですか? 」
佐久間は狭い脇道から出てきたからか、
スーツの汚れが気になるようで軽く払いながら言った。
「お互い様ですね。ハハハ」
向井が笑うと、
「俺、今日はもう帰る。札もないし」
「札ならまだありますよ。
私が預かってきましたから」
「向井~!! 助けて~!! 」
牧野が泣きごとを言って逃げ出そうとするのを、
佐久間は捕まえると路地裏に放り込んだ。
「うわああああ」
いったい何がどうなってこんなことに?
「あの、お二人は何をしているんですか? 」
「何って、霊電力不足でかき集めてるんですよ」
「ああ、なるほど」
向井も納得がいった。
冥界の電力は霊で補われている。
悪霊などの除去される霊は、
冥界札に包まれ燃え上がり消えていく。
が、それは完全消滅ではなく、
その先は冥界に送られ、
環境課が電力として処理することになっていた。
悪霊、サイコパス、地縛霊などは、
かなり強い力を放つため、
ただ消滅させるだけでは無駄という事になり、
エコロジーの観点から環境課が発足された。
冥界の電力は悪霊あってこそなのだ。
「昔は薄暗くても、
誰も文句は言わなかったそうですけど、
今はうるさくてかないません。
冥王室と休憩室には多く霊電通してるんで、
当然足りなくなりますよね。
サロンからも電気がチカチカして、
気が滅入るって苦情がきていて。
他にも私達の休憩室の大画面。
何台も設置されて、
あんなもの撤去すればいいのに…」
「それはダメ!! 」
「えっ!? 」
向井と佐久間が揃って安達を見た。
「あ……いや、あの…」
安達が口籠ると、
「そいつ、アニメオタクなのよ」
牧野が息を切らして戻ってきた。
そうだった。
安達と初めて会った時も、
TVを占領する安達と牧野が揉めていたっけ。
そんな事もあって、
モニターの数が増えたのを向井は思い出した。
「安達は好きなアニメがあるんだよな。
俺も野球見たいし田所さんと早紀も、
毎週楽しみにしてるドラマがあるからね」
「通信料も払ってないのにですか? 」
佐久間が言うと、
「悪霊から身を守ってやってるんだから、
これくらい当然だろ。
これで四十。あと、六十除去すりゃいいんだよな」
「とりあえずノルマは達成できますね。
悪霊玉の効果も百体確保できれば消えますから、
気合を入れて頑張ってください」
悪霊玉ね……
道理でこの裏通りに霊が集中しているはずだ。
悪霊玉は除去課では別名悪霊ホイホイと言われている。
悪霊を引き寄せる小さな水晶だ。
中には磁力のようなものが入っており、
もっているものに悪霊や地縛霊が引き寄せられてくる。
一ヵ所に集めて結界を張るので、
この場所だけ時間が止まっているのだ。
冥界のものには結界は効かないので、
向井と安達は普通に入り込んだというわけだ。
佐久間は肩で息をする牧野に、
「倉田さんは一日で千体やっつけて、
冥王から感謝状もらってましたよ」
「ばっ…かやろう…北支部は、
ここより土地が広いんだよ。
しかも、倉田は合気道の師範で変な技使うんだよ」
「だったら、牧野君もご教授をお願いされたらどうですか? 」
「うるせえ! ほら、安達も少し手伝え。
これは俺達の楽園を守る戦いだぞ」
「………」
安達がちらりと向井を見た。
「いいですよ。
ただし、派遣の手伝いも忘れないでくださいね」
「よし。今度はこっちだ」
牧野は佐久間から残りの冥界札を受け取ると、
安達を連れて別の路地に姿を消した。
佐久間は今年配属されてやってきた。
駅前で人違いで殺されている。
意見の食い違いから逆上した女性が、
恋人を駅まで追ってきて、
たまたま同じような服装に背格好だった佐久間を、
背後から刺したという。
佐久間が言うには突然の出来事で、
燃えるような感覚しか覚えていないらしい。
気が付いたら三途の川に立っていたのだとか。
人生時間はあと五十六年。
三十五歳で亡くなっているので、
向井とも冥界で長く過ごすことになる。
「佐久間さんはお目付け役というわけですか」
「まあね。牧野君はこっちに来るとよくサボるからね。
重要な仕事には監視が付けられてしまうんですよ」
「若いから仕方がないかもしれませんけどね」
「まあ、多少は大目に見てもこっちも苦情が続くと、
縄を付けてでも頑張ってもらわないと」
「ハハハ、大変だ」
「向井さんも頑張ってくださいよ。
サロンが溢れかえってるので」
「それに関しては返す言葉もございません」
向井が頭を下げると佐久間が笑った。
「そんなこと思ってもいないでしょう」
「いやいや、悪いと思ってますよ。
今日もこれから仕事ですから」
「だったら、若い二人の監視は私がしますから、
行ってかまいませんよ」
「では、お言葉に甘えて」
向井は佐久間に任せてその場を去った。