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Book Review 『言語の本質』今井むつみ、秋田喜美 (2023) 中公新書
0.前置き にわか勉強による言語習得論
にわか勉強の知識によれば、言語習得は
①主に1940~1970年代 行動主義(behaviorism)といって模倣や反復練習する中で、正しい形式を習得するという考えが主流だった(Lightbown&Spada,2013)。英語の先生の"Repeat after me!"が、これに当たるだろう。一方で、この考えは、学習外の言葉を発する能力を説明できないとして批判された(言語習得の論理的問題)。
②その代わりに、チョムスキーらは普遍文法(Universal Grammar)を提言し、生得主義(innatism)という考え(ヒトは、生まれつきすでに一つの言語の知識というシステムを持っている)を主張した。
③その後、Krashenのinput仮説(学習者が理解可能なインプットを、ひたすら与えることで習得につながる)とか、
④言語特有の能力というものはなく、言語を使用する中で「会話の相手の意図をつかむこと(intention reading)」や「パターンを探すこと(pattern finding)」など、認知能力を使って習得する「用法基盤モデル(usage-based model)を唱える研究者 (Lieven and Tomasello,2008)も現れた。
1.本著から学んだこと
さて、本著は、子どもの言語習得の謎について、①オノマトペ+②アブダクション(仮説形成)推論が鍵だと主張している。
失礼ながら読む前は、「え、オノマトペ?ピカピカやぽぽぽぽーんとか、子供じみた擬音語や擬態語のことでしょ。」と正直ポカンとした。
しかし、①について本著は、次のような点から、オノマトペは言語習得の足がかりであると提言した。
(1)「音象徴」(音が、ある特定のイメージを喚起する)
「サラサラ」ならば「軽い」とか「なめらか」、「ザラザラ」なら「重い」「鈍い」イメージのように、子どもは、「音と対象の対応づけを生まれつきごく自然に行う」そうだ。(音の感覚に合わない絵を見せられた場合、N400という脳波の反応が生後11ヶ月の子どもに見られた実験結果をもとにしている)
その後、絵本を読んでもらう等インプットを得ながら以下の洞察を得ていく。
(2)「単語一つ一つには、意味がある」
(3)「語根に接辞がついて意味が変化する」
(例)コロッ/コロン/コロリ/コロコロ
(4)「ことばの意味は、一つではなく文脈によって変わる」
(例)ボールがコロコロ、上司の考えはコロコロ変わる
このように、オノマトペは、実は言語習得の大事な鍵となっていることが分かる。
②推論
・仮説をもとに、事実を集める
・推論の結果として、創造された知識は誤り/失敗を犯すことで、常に修正し続ける
・不確かな状況でも能力的な制約の下でも、既存の限られた情報から新たな知識を生み出す
要は、①のような自らの直接の経験で得た知識を足がかりとして、②の推論を通して、次第に自分で仕組みを発見し、知識を雪だるま式に増やしていくことで、言語習得がなされていくという主張である。
先の前置きで言えば、③や④が該当するだろうか。音象徴が自然な仕組みだとしたら、②も含まれるかもしれない。
2. もっと知ってみたいこと
上記は母語習得の仕組みに関する主張だが、外国語の習得ではどうだろうか。
本著でも、特に英語はそもそも、オノマトペ語彙が日本語ほど見られないと認めている。
具体的には、日本語は、verb-framedという特徴の言語で、
・「上る」「下る」など動詞一語で、行動がどこに向かっているかを表す。
・「とぼとぼ歩く」のようにどのように行動をするか表す際は、オノマトペや副詞+動詞で表す。
一方で、英語はsatelite-framedという特徴がある。
・get onやget offのように、動詞+前置詞で方向性を表す
・amble(とぼとぼ歩く)のように、一語でその行動の様態を表す動詞が多い。
本著の主張が正しければ正しいほど、自分の母語のルールや考え方の影響を受けてしまいがちで、なかなか外国語習得は難しいものだと感じた。
また、①オノマトペのような直接の経験による学びを足がかりに②推論をするというプロセスは、言語だけではなく、他の分野にも応用できると感じた。言語学を超えた分野で似たような事例をもっと知りたいと思った。