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[感想]箱男:安部公房ワールドをみる愉しさ

 中学生の頃、問題文で登場した赤い繭をきっかけにハマり、読み尽くすまではいっていないものの、断片的に心象風景化している。それが私にとっての安部公房作品です。そんな微妙なレベルの原作ファンが映画の箱男を観た感想です。原作の匂いがしっかり感じられて、かつ、今の時代ぽさがあって、満足感ありました。
 映画.comで割と結構な言われようだったのでこれは書かねばと。直線的なストーリーというわけでもないのでネタバレしようがない作品と思いますが、具体的なシーンの説明を含みます。

好きなところ

  • 箱男を読んだ時の記憶が呼び起こされる、新聞記事の出だし。あの暗くて粗い画面のトーンが解釈一致というか。

  • ファッショナブルワッペン乞食。そう来たか!と。尺が割と長いのも嬉しい。このシーンからすっかり信頼モードで観ることができた。

  • 同様にアクションシーンの軽やかさがイメージ通りだけれどアクセントになっていて映画としてのリズムがいい。真面目に捉えたらくだらないけれど結構激しい。

  • あまりにも安部公房作品のヒロインらしさがにじむ葉子役(白本彩奈)。それで思い出したのが、壇蜜を見かける度に何かを思い出しそう、というのがこれだったのかもとか。主人公やその仲間・敵がまともに対峙できないでもがいている容赦ないリアリティをたたきつける最強のキャラクター。変態行為に付き合わされるのがよくあるパターンとはいえ、それを逆に観察しているような、自分を使って実験しながらこの世を解剖しながら生きているからこそ全てを見透かせるような。筆者はそんなに女性が怖かったのかね、とこの映画を見て改めて思ったところも。
     そして自転車→電動キックボードの変換は天才。当時存在したら絶対これで描かれてたと思う。だって脚のきれいさが強調されるもの。

  • 箱内インテリア。ポピンズのカバンを彷彿とさせる外見と内容のミスマッチさ。

  • スタッフロール中の浅野忠信のファンシーなフォント

その他

 思ったよりライトになっていてほっとしたところがある。再読しないといけなかったくらい記憶はおぼろげながら、もっと、変態的な要素があった気がするなとも。箱男の脚フェチにしてももっと舐めるように見ていたような気がするし、偽医者と葉子のやり取りも、伝聞(葉子語り)→鏡越し(箱男)→伝聞(メモという形からの読者)状態に置かれるからこその、「補う」ことを強要される状態に対し、ダイレクトにそのシーンを映像としてみるのとは効果がちょっと違う。
 原作の最後の方、部屋に籠った後の顛末の内容の記憶がなかったものの、恐らくSNSの構造を想起させるようなエンディングにしていたのはちょっとそうなんだけどそうじゃないような気がする、と軽ーくもやった、というかおそらく理解が追い付いていない。匿名性を求めるがゆえに逆に自分の存在が危うくなる、というのと、情報過多の中で可視化できる自己承認を求める、というのは、別なのではないか。「登録」が本物と偽物を分けるというところに着目すると同じかもしれない、とは思うものの、一人で箱をかぶっている前者の方が前提として個としての自分があるように感じる。むしろ今は、既にみんなが箱を被ってしまっているせいで、もっと見られたい方の心理なのではとか。

これから観る方へ

 できれば原作を、少なくとも数ページ立ち読みでもしてから観に行くか決めることをお勧めしたいです。原作か、箱男以外でも安部公房作品を知っている方は是非観に行って欲しいです。きっと「うわー安部公房だわ」とワクワクして、今年発刊の文庫を買って帰りたくなります。カフカやピンチョン好きな方には独特の湿度を体感していただけるのではと。


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