旅行先の一ページ
アフリカの夕日があった。途中、真横に太陽を見つめていた。視界の両側で、アカシアの樹が夕刻の空を掴んでいる。
日本人の旅行家に、コネで紹介されたビッグマムの家庭に混ぜてもらうことになった次第だった。エアシックのぼくは、ビッグマムにあてがわれた部屋のベッドに倒れ込んだ。
朝、目覚めると、放り出していたバックパックが、きちんと縦に置かれていた。ベッドを出てダイニングに入ると、ビッグマムがチャイをいれてくれた。アフリカ文化的飲み物。ジンジャー、ガラムマサラの味に心地よくなる。覚醒効果のある許された草を噛んでチャイで流し込む。
食事を終えると礼をいい、部屋にもどる。バックパックからとり出したパソコンのアダプターに変換プラグを繋ぎ、部屋のコンセントに差し込むと、上手くいった。それだけでハイになる。ベッドの上、モニタのなかの幻獣たちと戯れることに、ぼくは所構わず夢中になった。
とつぜん、雨音が聴こえてくる。ふと外という空間に気づかされる。ああそうだった。まだ観光もしていない。
昼まえの天気雨がやんだことを確認して起き上がり、ダイニングから表の庭までいくと、すれ違うビッグマムが朝の挨拶をしてきて、ぼくは苦笑した。
芝生が敷かれた庭にでると、陽の当たるシャツが目に染みる白さでゆれている。門の内側を左に廻り、旅行家に教えてもらったとおり梯子をのぼり、すでに乾いている屋根の傾斜を這い、天辺で仰向けになる。天気雨に洗われた空は、ポカリスエット色の青と白に映えていた。ツルゲーネフの《初恋》をひもと く。七七ページにある湖の描写が美しい。
夢を見ていて、三〇分足らずで目覚めた。屋根の上から視界一杯に広がるポカリスエット色をながめていたら、下で声がした。こちらに向けた声のように聴こる。上から覗き込むと、ビッグマムの息子たち三人がこちらにわかるほどの歯の白を見せて笑っていた。真んなかの子がツルゲーネフの《初恋》をこちらに差し伸べている。
屋根から落ちたのだろう、ぼくのその文庫は、美しい湖の先へとめくられていた。
どうやら、ストーリーはそこからはじまるようだ。