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茜とその色

 流れる時間のなかで水を流した茜はテーブルに座った。茜と私は暗い部屋の大窓の右側へ没していく陽をながめた。向かいの家と家との隙間の南に夕日の名残りが見える。住宅地で、家と家の隙間から南の地平線が望めた。西へ没していく茜色が南の地平線をも染めていた。

 二人は夕暮れの残した色あいに気をとられ、いままでお互いに話していた生活の問題も忘れた。家と家のあいだから望める南の地平線の色は、その下に隠された異国の空をほのめかしている。なおさら、西には陽が燦々と降り注いでいるだろう。遠い異国の色。

 茜も私もどこで見たか記憶していないが、異国の落日を見た覚えがあった。その記憶の色彩を、いま見える縦長の地平線の上にある色彩と比較して、ノスタルジアに浸れた。

 さっきまで遠く南の地平線を染めていたその色彩はこちらへも広がってきている。家も壁も電柱も、車や人にも、落日の色は忍びより、大窓の内側、このリビングのなかにも色彩は忍び寄ってくる。

 落日の色彩が、リビングを染め、茜から紫、濃藍からさらにと暗く、日常が染めぬかれていく。

「居ぬ」は「死ぬ」からきている、茜がそう説いたのを思い出し、私は顔を上げた。

リビングに茜がさしている。彼女はもういない。

茜と見た茜色の刻限、茜といた儚い一刻、暮れれば蝋燭に点火する。しかしもう遅いのだと合点する。だけれどあのひとときを忘れておいて、だれといることもなく一人きりで老いて……いまさらそんな。アルバムを見てみる、面影を見つける。

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