138/366 自分で考えて決断する。(世界を動かした「偽書」の歴史を読んで)
こんばんは。
偽書と認定されたもの。
偽書と思われているものって意外とあるんだとびっくりしました。
ちなみに偽書とは・・
なんのこと?ってなりますよね。
個人的な解釈として、フィクションとして書かれているのではなく、あくまで本物のように書かれてたり、伝承されていることだと思っています。
自分が中学生の頃に歴史の教科書に書かれていたマルコポーロの『東方見聞録』や『死海文書』など。
また『古事記』なども。
まだ完全に偽書とは確定しているわけではないが、偽書の疑いがあるらしい。
本当に驚きの連続だった。
信じていたものが瓦解する?そんな感覚。
真実は真実は限らない。
この本で得られた教訓はまさに『疑う意思』だった。
(少し前に同じようなことを書きましたが💦)
フェイクニュースやディープフェイクという言葉が生まれ、
最近ではchatGPTのような生成形AIが台頭し、
まるで写真のようなデザインを瞬時に出せるようになりました。
また、OpenAI社が現在開発中のSORAはプロンプトだけで動画を作成する。でも映像では、あたかも本物のような動画が作られている。
でも虚構だ。
実際には存在していない。
何が正しくて正しくないかなんてより一層わからない時代になってきているんだなと思う。
だからこそ、自分で知ること。知った上で自分がどう思うのか。
事実は一体どこにあるのか、本質は一体なんなのか。
ただそれも正しい正しくないは何もわからない。
それでも自分で決めて決断をしていかなければならない。
自分のスタンスを明確にしていかなければならない。
全幅の信頼を持ってなんでも受け止めてしまっていてはだめだ。
歴史や今まで正しいと言われていたものだって変わっていく。
自分が中学校の時代は『いい国作ろう鎌倉幕府』だったんだから。
偽書の歴史を通じて自分で知ること、その上で決断をする必要があることを認識でき、よき読書になりました。
世の中は本当に面白いですね。
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