シェア
七屋 糸
2020年11月17日 12:00
あさみが「温泉行きたい」と言うから渋々蔵王まで車を出す。中古の軽自動車はずんずん進むが、わたしの頭は引越のことでいっぱいだった。来週には関東圏の実家へ帰る。就職先で夢破れたわたしには希望もお金も思い出もなかった。それなのに一昨日から応援に来た幼馴染のせいで一向に進まない。「帰ったら荷造りね」「えー今日くらい良いじゃん」ブレーキを踏むとタイヤが空滑りした。あさみは銀世界に
2018年7月3日 15:06
旅の始まりは、いつも彼の言葉だ。「今度の休み、釣りに行こうと思って」一人で、という意味ではない。二人で行こう、という意味だ。彼の誘い方は少し曖昧で、少し自信なさげ。前日の夜に海を訪ね、早朝から釣竿を持って繰り出した。しかし結果はまずまずの惨敗。聞くところでは釣り糸を垂らせばたちまち魚がかかるということだったのだが、私は小魚を一匹、彼は四匹釣ったきりだった。彼は少しばかり肩を落と