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お団子を食べて、涅槃から現実世界に帰る。

前回はこちら↓


たかやまさんの食欲に付き合って、身延山ロープウェイの奥之院駅の名物らしいお団子を食べることになった。たかやまさんは竹炭味を、わたしはよもぎ味を選ぶ。お団子を焼いている炉の前でお姉さんが串の下端をはさみで切り落とす。お姉さんは無言でぱちんと切った。あれ?

ゆるキャンの漫画作中にもこのお団子は登場する(第5巻 第26話)。そのシーンでは店員さんが口上みたいのを言っていたような気がしたけれど。なんだかわたしもすっかり舞台訪問気分だ。わずかに短くなった串がわたしたちの手に渡る。値段相応に大きなお団子だ。

お店のお姉さんが「展望台で召し上がっていただいても大丈夫ですよ」と言ってくれたので、素直に駅舎の外に出る(寒いけど)。駅舎の外にはゆるキャンのなでしこちゃんが手描きされた看板があって「串(苦死)切り団子」と書かれている。

身延山ロープウェイ奥之院駅。2階が食堂、1階がおみやげコーナーと改札で、地下1階にあたる部分にのりばがある

「苦しみはともかく、死はあっていいと思う。不死身はよくない」
たかやまさんが何も考えてなさそうな表情のなでしこちゃんの絵を見つめながら深いことをつぶやく。

ささづかまとめ
「日蓮宗の教えは現世利益(げんぜりやく)なので」

たかやまさん
「じゃあ、不慮の事故とかから守ってくれるみたいな意味なのかな。いきなりワイヤーが切れたりとかはしない、と」

そういえばたかやまさんはわたしよりも高所恐怖だった。

ささづかまとめ
「あの、今日は一年で一番点検から遠ざかってる日なんですよ?」

たかやまさん
「そういえばそうだった」

二人であはあはと笑いながら、真新しい展望台のデッキの上でお団子をほおばる。かりっとした表面には甘じょっぱいくるみ入りの味噌だれが塗られていて香ばしく、かみしめるともっちりしている。真っ当なお団子だった。

見た目はあんまりきれいじゃないけれど、おいしかった

ささづかまとめ
「んー、このお団子なかなか」

たかやまさん
「うん、おいしい。これで富士山が見えてたら」

身延町名産の竹炭が練り込まれた真っ黒なお団子を食べながら、たかやまさんは富士山があるはずの雲の向こうを眺めた。

この写真の左上あたりに富士山はあるはずだが、まったく見えない

たかやまさん
「富士山見えるまでロープウェイでここ来よう」

ささづかまとめ
「ですね!」

お互いに口のまわりを茶色くたれまみれにして、わたしたちは約束した。

14時20分のロープウェイで下山する。また中高年のグループに囲まれる。今度のアナウンスは眺望の話から始まったが、標高が下がってくるとやはり日蓮聖人の生涯、久遠寺の由縁の話になる。窓からぼーっと景色を見下ろしていると、傾いた日が身延の森に搬器の影を描いているのが見えた。


久遠寺駅に到着後、搬器の写真を撮らせてもらう。関係ないけれど駅員のお姉さんたちがすごく美人で、気後れした。
「撮りましょうか?」
と言ってくれるけれど、記念写真を撮りたいわけではないので丁重にお断りする。
「私たちのりものファンなんです」
とたかやまさんが言うと、お姉さんたちは多少は納得してくれたように見えた。たかやまさんの優しさに感謝しつつ、シャッターを切った。

駅員のお姉さんたちが写りこまないように気をつけて撮った搬器

本堂の前に戻り、菩提梯(ぼだいてい)と呼ばれる長い階段を下って帰ることにする。その段数は287段、およそ100mの標高を稼いでしまう階段だ。蹴上(けあげ)の高さは平均すると35cmくらいで、これがけっこう高い。上るときはしっかりと腿を上げなければならないし、下るときは膝に衝撃がくる。そのわりに踏面(ふみづら)の幅が狭い。急勾配の階段である。

菩提梯の最上段から見下ろす。途中には踊り場が設けられていて、緩やかな坂道へ逃げられるところもある

子どものころに一度上らされたことがあり、そのときへとへとになって以来、一切上り下りしていない。さっきはこれを避けるためもあって、西谷を歩き斜行エレベーターに乗ったのだ。

高所恐怖のたかやまさんとわたしはそろりそろりと下りていく。足を踏み外したら一巻の終わりだ。でもバスの時間もあるので、ある程度は急がなければならない。

日常的に見る階段ではありえない角度だ

下り始めるとすぐに、おじいさんとすれ違う。
「いやあ、この階段きついねい、坂登ればよかったあや」
そう声をかけてきた。
「あと少しですから、がんばってください」
「おう、そうだな。へへ、あんがとうな」
わたしがそう言うとおじいさんは照れながら応えてくれた。
「さようなら、おじいちゃん」
たかやまさんが低い声でぼそっと言って手を振った。
「はいはいー、おまんとうも気いつけて」
おじいさんはそう言って手を振って、また上り始めた。

「この時間から上り始めるなんて、ちょっと不思議」
たかやまさんが遠ざかっていくおじいさんの背中を見ながらつぶやいた。

たかやまさんが言うとおり、おじいさんの後はだれも上ってこない。わたしたちの後ろにもだれもいない。わたしたちは階段の幅を自由に使って、ジグザグに下りていくことにした。こうすることで自然と両方の脚に同じだけ負荷をかけながら下りることができる。普通に下りているとどうしても利き足から踏み出しがちになるからだ。

菩提梯を下から見上げた。個人的には達成感よりも、時間と体力と膝の関節を浪費したという感覚のほうが強い

たかやまさんと慎重に階段を下り続けて、太ももと膝のあたりがじんじんしているのを感じながら三門をくぐる。14時55分。バスの時間まであと15分だ。観光案内所の前を通過するとちょうどまた防災無線から放送がある。

「さきほど、発生しました、下山地区の、火災は、鎮火しました」

だいぶ長かったなと思う。この時間までずっと燃えていたとすればなかなか大きな火災だったのかもしれない。でも燃えたのが人の住んでいる家とは必ずしも限らないし…。わたしの想像を断ち切るように放送はぷつんと終わる。鎮火したことだけを知らせて。関係のないあなたがたが心配する必要なんて一切ないんですよ、と言っているみたいに。実際、そのとおりだ。

バス停に停まっているバスは車両の最後部にドアがあって、すべての座席が前を向いている古いタイプだ。一番後ろの席に陣取る。バスが発車する前にたかやまさんはわたしに寄りかかって眠ってしまう。妙に暖房がよく効いていて、わたしもぼんやりする。


(続きます)