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身延山山頂、当たりの日。

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身延山の頂上にある奥之院思親閣を出て、杉林の中の小道を歩いていく。歩を進めるにつれて木々の一本一本が視界から外れていって、向こうの景色が徐々に見えるようになった。

杉林を出たところでわたしたちは歓声をあげた。そこは身延や早川の町域に散らばる小集落とそれらを抱く小さな山々、その向こうに南アルプス、彼方に甲府盆地まで見渡すことができる展望台だった。明るい空や、漂う雲に吸いこまれていきそうな感覚。

北を見る。少し木の枝に隠れているが中央右に白く見える平地が甲府盆地

景色に圧倒されているわたしたちを見て、先客のおじさんが
「今日は当たりの日だよ。じゃ、ごゆっくり」
と言って、手を振って去っていった。わたしたちもお辞儀して見送る。

視点を少し西に振ってみる。右手前の山塊と左奥の峰々の間に早川が流れ、渓谷を作っている

ささづかまとめ
「これってあっちの一番奥の山が南アルプスなんですよね?」

あまりにも広すぎる景色を前に、距離感がわからない。

たかやまさん
「うん。あそこに北岳があるの見える? ぴょこんって突き出てる、雪をかぶってる山」

ささづかまとめ
「見えます。富士山の次に高い山ですよね」

白峰三山。右から北岳、間ノ岳、農鳥岳

たかやまさん
「うん。その左に見えるなだらかに見える山が、最近標高第3位にランクアップした間ノ岳(あいのだけ)。あそこから南アルプスは南のほうに二股に分かれてる」

ささづかまとめ
「南アルプスって一列の山脈じゃないんですか?」

たかやまさん
「うん。さーさちゃん的にわかりやすく言うなら、山梨県と長野県の間に静岡県が突っこんでる部分。あのとんがりの頂点のあたりにあるのが間ノ岳で、そこから南に分かれる県境の山は東西どっちも南アルプスだね」

ささづかまとめ
「はー、なるほどー」

確かにわかりやすかった。わたしは普段からぼーっと地図を眺めるのが好きなのだ。

たかやまさん
「こっちのほうの荒川三山を見るとよくわかる。上のほう、いきなり白くなってるのわかる? 白いほうが西側の稜線で手前が東側の稜線」

荒川三山。右から千枚岳、悪沢岳、左に外れて中岳

ささづかまとめ
「あの間に大井川があるんですねえ」

たかやまさん
「うん。あのおじさんの言うとおり、今日は相当よく見えてるのかもしれない。この調子で富士山も見られるといいけど」

杉林の向こうから人の話し声が聞こえてきた。やがて現れたのは大きな一眼レフを持ったおじさんとその奥さんらしき人。この二人も

「こりゃすげえや」
「こんないいところなのねえ」
「晴れてよかったなあ」
「ええ」

そう言って立ち尽くしている。たかやまさんが「もう行こう」と小さく言って杉林に戻っていく。わたしもその後を追いかける。
「こんにちは、今日は当たりの日みたいです」
たかやまさんが夫婦に話しかけた。夫婦は我に返ってあいさつしてくれる。
「では、ごゆっくり」
たかやまさんが言って、夫婦と別れる。

「伝言ゲーム?」
杉林を歩きながらたかやまさんの背中に向かってわたしが言うと、たかやまさんはふふっと笑った。


ロープウェイの奥之院駅の2階には食堂がある。身延庵というだいぶ安直なネーミングだが、きれいで暖かみがあるちゃんとしたお店である。客はわたしたちのほかには1組の中年夫婦がいるだけだ。

奥之院を訪れる人の数に比較してオーバースペックな感じがするが、休日は混むらしい

もう13時半なのでだいぶお腹が空いている。山梨県民の好きなもつ煮の定食があったので食券を2人分買い、厨房のおばさまに渡すと
「お姉さんたち、けっこうお腹空いてる?」
そう尋ねられて、わたしはきょとんとしてしまった。すかさずたかやまさんがわたしの後ろから身を乗り出して
「空いてます!」
ゆるキャンのなでしこちゃんのようなテンションでそう叫ぶと、おばさまは笑顔になって言った。
「あのね、明日からロープウェイが点検に入っちゃうでしょう? だから食材を余らせたくなくってね。もつ煮もごはんも大盛りにできるけど、しちゃう?」

たかやまさん
「しちゃいます!」

おばさま
「しいたけの煮物も余ってるんだけど、食べる?」

たかやまさん
「はい、いただきます!」

おばさま
「あなたはどう?」

わたしを見ておばさまはにこにこしている。

ささづかまとめ
「それならわたしも」

おばさま
「ありがとう、よかったわ。これで呼びますから、取りに来てくださいね」

おばさまから渡された、番号の書かれた呼出機を持ってテーブルにつく。

ささづかまとめ
「明日から点検なんですね」

たかやまさん
「ね、知らなかった。動いててラッキー」

わずかに笑みを湛えながら言う「ラッキー」はすごくたかやまさんらしくて、めちゃくちゃかわいかった。


2018年当時、食べ物を撮影するのにまったく慣れていなかった

お盆を眺める。もつ煮の量がおかしい。観光地の食堂の定食で出てくるには不自然な多さだ。しいたけの煮物というか佃煮も、刻んだものと刻んでいないものが両方盛りつけられていて、おそらく刻んでいないほうのしいたけは麺類とかのトッピング用なのではないかと思う。ごはんもきゅっきゅっとお茶碗の中に押しこまれている。

このお盆を受け取りに行ったとき、
「ごはんまだまだあるから、おかわりほしかったら言ってね」
とおばさまが言っていた。たかやまさんが元気よく
「はい! ありがとうございます!」
と即答したときはちょっと苦笑いだった気がするけれど。

みその味が濃厚なもつ煮は、申し訳程度にこんにゃくが入っている以外はすべてもつで構成されていて、食べ応えがすごかった。しいたけと生姜の佃煮もおいしくて、渋いおかずだがごはんはすすむ。たかやまさんは2回もごはんをおかわりして
「本当によく食べるのね、若いってすごいわ」
と感心されていた。


食事を終えて内階段を下りると駅舎1階の売店に出る。ただの土産物コーナーではなく、ホットスナックや淹れたてのコーヒー、さらには焼きたてのお団子まで売っていて、たかやまさんが吸い寄せられていく。あの、さっき、だいぶ、食べましたよね?

でも口に出してはいけない。たかやまさんが食べたいものを食べたいだけ食べてもらって満足してもらったほうがいい。いちがやさんはこの夏、わたしにそう助言してくれた。悟ったような顔だった。それを思い出す。

たかやまさん
「さーさちゃんもお団子食べない?」

たかやまさんがよそ行きの高く通る声でわたしに言った。もうおなかいっぱいですけど。いや、お団子ならがんばれるかな。なんとかなるか。お付き合いさせていただきます。


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