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連作短編小説『路を進めば』試し読み
文学フリマ東京39で出展した『路を進めば』のお試し版を紹介いたします。雪江、亜弥、理沙を取り巻く《進路》をテーマとした連作短編小説(3話)です。中学・高校・大学、それぞれのステージで直面する将来への葛藤や成長を描く物語となっています。特別収録として『アルゴリズムの乙女たち』(徳間文庫)のアナザーストーリィも!
イラストレーター・デザイナーのおさかなゼリーさんのBOOTHにてお買い求めいただけますので、ぜひ!『アルゴリズムの乙女たち』に登場するキャラクターたちのイラストが入った、おさかなゼリーさん特製《押し花風クリアしおり》が購入特典です💐
以下、本作に収録されている各話のお試し版です。小説投稿サイトのNolaノベルでも同様に公開しています(フォローしていただけると嬉しいです!)。
第一話 この夜の果て、キミとだけ
1
真夜中、自室の布団の中で私は目が覚め、カーテンの間から漏れる明るさに違和感を覚えた。
学習机の上のデジタル時計に目をやると、二時過ぎだった。昼どきまで眠り込んでしまったのだろうかと頭をよぎったが、午後ではなくたしかに午前を示していた。
布団から出て、窓へと歩み寄る。カーテンと窓を開けて外をのぞき込むと、湿り気を帯びた空気に頬を撫でられた。辺りの様子をうかがうと、どうやら寝ている間に雨が降ったようで、地面にはところどころ水たまりが張られてあった。小道には人影はなく、ぽつりぽつりと道路脇の街灯が白く光ってその存在を主張しているだけだった。そして、空を仰ぎ見る。
橙色。
夜明けとも夕暮れともつかない空だった。
自分の目がおかしくなってしまったのだろうか、と学習机の上の教科書や資料集を手当たり次第に確かめた。しかし、カラーで印刷された風景や建造物は、そのどれもが普段知る色合いをしている。《野呂雪江》と書かれた筆跡も、たしかに自分のものだった。
もう一度、窓の外をのぞく。
空は橙色の薄明かりが広がっているままだった。
自室のドアを開けて廊下に出る。隣には姉の美月の部屋がある。耳を澄ましてみても、物音一つ聞こえてこない。
二階から一階へと向かう。階段のきしむ音が鳴る。居間に入ると、耳鳴りがするほどの静けさが広がっていた。夕日を思わせるような明かりが窓から差し込んでいる。居間の隣の台所で、冷蔵庫から麦茶の容器を取り出してコップに注ぐ。ひと息に飲み干して、続けざまに二杯目を入れた。
工場地帯や大きな球場などがあれば、そこから放たれる光で空が明るく照らされることもあるだろうが、この片田舎の港町は海と山に挟まれていて、そのような施設は存在しない。大火事の可能性もあるけれど、もしそうであれば消防車のサイレンが鳴り響いているはずだ。それに、火災現場から立ち上るであろう煙が見えてもよさそうだが、二階の自室の窓から見えた範囲ではその様子もなかった。
流し台にコップを置き、麦茶の容器を冷蔵庫に戻す。気味が悪いけれど考えてもわからないものはわからない、となかば見ぬふりをするように二階への階段を足早に上った。自室に入って頭から布団をかぶり、また目が覚めればいつもどおりの世界だろう、と目を閉じた。
(つづく)
第二話 アタシは彼女に借りがある
1
銃声と爆発音が二十七インチのディスプレイから響く。
「アタシ、右行くわ」
そう告げて、アタシは仲間の返事を待たずに銃を撃ち放す。一人、二人。敵の兵士が全員倒れるまで撃っては身を隠し、仲間を援護しながら移動を繰り返した。
「こっち制圧した」
「リサ、ナイスぅ」
ビデオ通話での梓の声がヘッドフォン伝いに響く。アタシが右側へ向かった直後に、彼女は左側を制圧してくれたらしい。ヤバすぎんだろ、と声を上げながら祥太が後方から続いてきた。
「リサのエイムどうなってんだよ、マジで」
興奮気味の笑い声で、画面内の祥太のキャラが近づいてきた。
「相変わらず百発百中じゃんね」
梓も弾丸を補充しながら言う。
「まぁね」
アタシ的には当然と言えば当然だ。元々ゲームは得意だからだいたいのジャンルは上手くこなせるけど、一人称視点のFPS(ファーストパーソンシューティング)系のシューティングゲームは特にやり込んでいる。
次のステージに移って、さっそく祥太が敵に囲まれて蜂の巣にされた。アタシと梓はさっさと敵を倒して、アイテムを回収していく。
キリよく終えたところで休憩することにした。
「やっぱ、もうちょい練習するわ、俺」
祥太は情けない声を出す。
「そうだよ、とりあえずちゃんと弾当たるようにしないと」
そう言って、梓はケラケラと笑った。
「それな。リサせんせーに教えてもらいてぇよ」
「え? 教えるコトとかなんもないけど」
「そんな冷てーこと言わねぇでくれよ、俺だって上手くなりたいんだよ」
「あれじゃね、ひたすら撃ちまくったらいいんじゃね? 知らんけど」
アタシの返事に、祥太は吹き出した。
「まーたテキトー言ってんよ! 梓からもなんとか言ってくれよ」
「だってさ、リサ」
「うーん……マジレスすっと、もうちょい操作とか立ち回りは練習したほうがいいかも」
「それはわかんだけどさぁ、俺どうやって――あ、やっべ! もうこんな時間じゃん、配信始まっちまう!」
横目で時計を見やると、午後十時に差しかかるところだった。祥太がハマっている動画配信者のライブ配信が始まる時間だ。
「わりぃけど、俺、先に落ちるわ」
「おつー、またガッコで」
梓に続いてアタシも、おつー、とだけ返した。祥太がすぐにビデオ通話から抜ける。
「あたしらも抜けよっか、リサ」
「うん。……あのさ」
「ん? なに?」
言葉が続かない。
思わず呼びかけてしまったけど、アタシは何を言おうとしたんだろうか。
「……ごめん、やっぱなんもないわ」
「なになに、気になるじゃん」
「何言おうとしたか忘れたわ」
「あははっ、リサ、たまにそういうことあるよね。あ、そうだ、明日の夕方さ、いつものファミレス行こうよ」
明日は放課後に、新しいマウスとキーボードを見に家電量販店へ行こうと思っていた。断ったらダルいと思われるか、別に急ぎじゃないしな、と頭をよぎる。
「いいよ」
「オッケー、それじゃ明日ね。祥太にはあたしから言っとくからさ」
おつー、と言い残して梓もビデオ通話から抜けていった。一時停止していたゲーム画面をそのままに、アタシは椅子の背もたれに寄りかかる。
いつもどおり誰もいない、母と二人きりで住んでいるマンションの一室。ゲームを終了してビデオ通話を閉じると、静けさが戻ってきた。途端に、得体の知れない不安や焦燥感がアタシを襲う。こんな夜を何度過ごしてきたかわからない。でも、慣れている。慣れって怖いな、とも思う。
椅子から体を起こして、キッチンへと向かう。電気ケトルでお湯を沸かして、買いだめしてあるカップラーメンの封を開けた。
玄関のほうで音がして、向かうと、スーツ姿の母が靴を脱いでいた。
「おかえり」
アタシが言うと母は、ふう、と息をついて上着を脱いだ。
「ただいま。あー、疲れた」
こもったような、酒の臭い。
母は顔には出ないタイプだけど、だいぶ呑んできたのだろう。
「風呂沸いてるよ」
「ありがと」
一緒に廊下を歩きながら、そういえば、と母は訊ねてきた。
「もうすぐ合宿でしょ?」
「あぁ、うん。来週」
「楽しんでおいでね」
遊びにいくわけじゃないんだけどな、と思いつつ、いつも働きづめの母にしてみれば遊びみたいなものなのかもしれないなと思い至った。うん、と短く返す。
顧客と会食だったとかで食事は済ませてきたらしく、母はすぐに風呂へ入った。税理士という仕事柄、いろんな会社やお店のお客さんと付き合いがあるようで、いつも帰りは遅い。会社勤めではなく独立して事務所を経営しているので大変だ、と母はたまにぼやいている。アタシは仕事そのものをしたことがないからあまりよくわからないけど、そのうち実感するんだろうか。
カップラーメンにお湯を注いで、自室に戻る。
――いつまでこんな生活が続くんだろう。
学校に行って授業を受けて、家に帰ってゲームをして、たまに友達とカラオケとかファミレスとかに行って。
延々とくだらない話をしながら、しょうもないことで笑ったり、はしゃいだり。
そのときは楽しいけど、ふとした瞬間に猛烈に虚しさを感じてしまう。
もう二年生の夏休みで、高校生活は半分が過ぎようとしている。あっという間に冬休み、春休みになって、三年生だ。うちの高校は進学校で、アタシも梓も、祥太も進学コースだから、大学受験をするか専門学校に入るか、公務員試験を受けることになるだろう。あるいはフリーターか。
将来、アタシはどうなるんだろう。
このまま流れるように大学受験をするんだろうか。
なんのために?
アタシは一体、何がしたい?
明日、梓と祥太にもこの先どうするつもりか訊いてみようか。
カップラーメンの蓋を開けると、麺が少し伸びていた。
(つづく)
第三話 寝台列車の夜
寝台特急《あけぼの》はすでに発車の準備が整っていた。
JR上野駅の十三番線ホームに停まっていて、スーツ姿の初老の男性や二人組の年配女性たちが乗り込むところだった。制服を着た駅員や作業着姿の女性、見送りに来たと思しき老夫婦など、夜の九時というのにこの広大な駅では日中と変わらず多くの人々が行き交う。
雪江は、格安の夜行バスで移動しようかと思っていたが、ひと晩かけて東京から北上して日本海沿いを走る寝台特急の存在を思い出した。夜行バスと違った旅情のようなものを味わえるかもしれないと思い、一番安い席の特急券を手に入れた。初めての寝台特急ということもあって若干の不安がよぎったが、予約した一号車は女性専用になっているようで、少しだけ胸を撫で下ろした。
飯田橋のカフェで亜弥と別れたあと、茗荷谷の自宅マンションに戻って、着替えやノートパソコン、読みかけの論文などをリュックに詰めこんで上野に向かった。寝台特急では車内販売が一切ないということを事前に調べてあったので、雪江は改札を通るまえに軽食とペットボトルの温かい緑茶を買っておいた。
定刻となり、発車のベルが鳴る。ホームを駆けてきた大学生風の若い女性たちとともに、雪江は列車に乗り込んだ。一号車に向かうと、彼女たちも一号車の席を確保していたようで、雪江の席の二つ先に向かっていった。薄い灰色のシートの上にリュックを置く。上の座席にも、向かいの上下の席にも誰も乗っていなかったので、気持ちにゆとりがあった。
寝台特急は、ゆっくりと走り出した。しばらくすると、車内アナウンスで各駅の到着予定時間を伝える声が響いた。大宮、高崎を過ぎて、村上、あつみ温泉、鶴岡、余目、酒田、遊佐、象潟、仁賀保に停まり、美月の住む羽後本荘には六時二十三分に着く予定だった。
列車の揺れがある程度落ち着いた頃合いを見計らって、ノートパソコンを開いた。書きかけだった数値実験用のプログラムの続きを書く。数理モデルの修正や制約条件の変更に伴って若干の手直しは発生することになるが、大枠はほぼ固まっていたので、その部分だけでも仕上げておくことにする。
上野駅を出発してから三十分ほどが経ち、寝台特急は大宮駅に入る。そこでの乗客は少なかったが、雪江の向かいの席に、五十代前後と思われる女性が乗り込んできた。小綺麗な服を着こなした、どことなく疲れた面持ちの女性。まさか、と思ったが、その血色のあまり良くない顔に見覚えがあった。飯田橋のカフェで斜め向かいのテーブルにいた、あの女性だった。
そして列車は動き出す。ふと喉の渇きを覚え、雪江はペットボトルの蓋を開けて緑茶を喉に流し込んだ。苦みと甘みが混ざったような味わい。思い立って、亜弥にメッセージを送る。寝台特急で秋田に向かっているところだと伝えると、おつかれさま、また会おうね、とすぐに返事がきた。
亜弥とのやり取りを終えると、雪江はシートへ仰向けになって寝転んで、背伸びをしてみた。はあ、とひと息つく。規則的な振動と音が響き、そして列車は高崎駅で停まった。雪江はノートパソコンをいったん閉じて、読みかけだった論文をリュックから取り出しながら、向かいの女性の様子を横目でうかがう。彼女はシートに行儀よく腰かけて、ガラス窓の向こうの暗闇を一心に見つめていた。雪江はそっと自席のカーテンを閉めると、シートへうつ伏せになった。
定刻より一、二分遅れつつも概ね順調な運行であることを車内アナウンスで告げられる。列車は上越線に入っていて、水上駅に停車する。雪江がシートから起き上がりカーテンを開けると、向かいの女性は相変わらず窓の外を見ていた。そのいかにも虚ろな表情を目にして、彼女の横顔から先ほど感じた疲れの様子は、諦めや哀しみなのかもしれない、と思い直した。
時刻は日付の変わる頃になり、列車は一時停車した。運転停車のため乗り降りはできなかった。ガラス窓の向こう、ホームの様子はひっそりとした空気に包まれている。
列車が再び動き出した。雪江は論文の紙面にアイデアを書きつけていた。周期的な揺れで、紙の上の文字は時折歪む。良い表現が思い浮かばず、気分を変えようと雪江は通路を行き来した。上野駅で同時に列車へ乗り込んだ女子学生たちはまだ起きているようで、押し殺したような話し声とともに笑い声が聞こえてくる。どこか別の場所からいびきに近い寝息も聞こえてくるようだった。
しばらくして自分のシートに戻ってくると、向かいの女性は就寝したのかカーテンは閉ざされていて、ひっそりとしていた。雪江はシートに腰掛け、緑茶を飲む。真っ暗な窓の外を眺めていると、花穂里との先月の会話が思い出された。
(つづく)
《特別収録》アルゴリズムの乙女たち・アナザーストーリィ
1
十二月中旬。
大学は冬休みに入ろうかという時期で、だんだんとキャンパス内の賑わいが落ち着いてくる頃だ。
わたしは夕方、測度論の講義後に部室へと向かった。途中、休憩所でミニサイズのペットボトルの温かいお茶を買う。再び外に出ると風が冷たく、自然と身が縮こまった。
部室のドアには、見慣れた《競プロ部》の張り紙。ドアを開けると、小百合と凉子はすでに来ていた。わたしの姿に気づいた小百合が、
「べえやん、おつかれさま」
と片手を上げる。
「そうや、べえやんもやるやろ?」
凉子が笑顔で訊ねてくる。
「やるって、何を?」
「今ちょーどお嬢と、タイムアタック大会したいねって話をしよったんやけどさ」
「タイムアタック?」
そうそう、と小百合が補足する。
「アルゴコードの初級者向けコンテストの問題Aをいくつか集めて、誰が一番早く全問正解できるか競う感じね」
競技プログラミングのサービスを運営しているアルゴコードは、毎週末にコンテストを開いている。初級者、中級者、上級者向けのコンテストがあって、制限時間内にどれだけ多く問題を早く正解できるかを競う。初級者向けのコンテストでは難易度順に六問出題され、問題Aは六問の中で最も簡単なものだ。
わたしは自分の席に腰かけながら訊ねる。
「そうなんだ、いつやるの?」
「まだ日にちは決めてないんよ、さっきお嬢と話してて思いついたところやけん」
「早乙女大と京極大も誘おうかって話はしてたんだけどね。べえやん的にはどうかな?」
小百合が訊いてくる。
両校とも、二週間まえに秋葉原で開催された競プロの全国大会の決勝プールステージで闘った。いずれも強豪チームだ。早乙女大の紗綾、遥香、グェンとはゴールデンウィーク明けからの仲で、京極大のリサ、詠美、姫子とは決勝プールステージでひと悶着あったけれど、それ以降は和解して交流するようになった。今ではすっかり打ち解けている。
「もちろん、わたしは賛成だよ」
そう答えると、凉子が「よっし!」と大きな声を上げた。
「そしたら、ちょっと電話してみようかいね!」
凉子がスマートフォンで発信し、スピーカーモードに切り替えた。
数コールでつながる。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にいるか、電源が入っていな――』
「いや、はるちゃんやろ? バレバレや」
『あ、バレたぁ?』
へへーッ、と遥香の笑い声がスピーカー越しに聞こえる。
「てか、なんでさやちゃんの電話にはるちゃんが出ると?」
『りょーちゃんからの着信だったからぁ、さやセンパイにも言って、驚かせようかなって。どしたのぉ?』
「あのさ、今度、一緒にタイムアタック大会したいなっていう話なんやけど」
凉子が趣旨を伝える。
『そっかぁ、あたしはやりたいなぁ。さやセンパイはどうですかぁ?』
『私もぜひ参加させてもらいたいところだけど……卒論が、ね』
「そっか、四年生だもんね」
わたしが言うと紗綾は、うん、と答えた。
遥香はわたしたち三人と同じく三年生だけれど、紗綾とグェンは四年生だから今が一番忙しい時期なのかもしれない。
『年明けすぐに発表会もあるし。グェンさんもたぶん、そんな感じじゃないかな』
「あーね、しゃーなしやね」
凉子が応じる。
『ごめんね。一応、グェンさんにも訊いてみるけど、あまり期待はできないかも』
紗綾とグェンのように卒論発表を控えた四年生たちにとっては、年末の時期は一分一秒が貴重なのだろう。
自分も来年の今頃には同じような状況になるのだろうか。
「そしたら、とりあえずグェンさんにも訊いてもろて」
凉子が言うと、おっけぇ、と遥香の声が響いた。
わたしと小百合、凉子は顔を見合わせる。
「まぁ、参加できる人だけで、ね」
小百合が言う。
「おいーっす」
大きな縁取りの眼鏡をかけた女性が部室に入ってきた。赤紫色の髪を低めのツインテールにしている、天神大学理学部応用数学科の准教授にして競プロ部の顧問、木村悦子だった。
「絶好調かね、諸君」
彼女は言って、左手を上げた。
「えっちゃん、おつかれさまです」
小百合がそう言うと、遥香も気づいたようだった。
『あっ、悦子センセですかぁ? ごぶさたしてまぁす』
「おう、その声は村松ちゃんかね? 久しぶりさぁ」
『悦子センセもご参加されるんですかぁ?』
「参加? 何に?」
わたしがタイムアタック大会のことを悦子に説明すると、なるほど、と彼女は何度もうなずいた。
「うーん、わたしは参加できないけど、せっかくだから君たちのスポンサーに回ろうかね」
「えっ、どゆこと?」
凉子が身を乗り出す。
「ふっふーん、優勝者には悦子センセから素敵なプレゼントが!」
「なんや、どーせまた『アツぅいベーゼを!』とか言うんやろ」
「なによ、不満なの」
「だってそんな暑苦しいちゅーされても……」
「あーあ、井手上ちゃんには暑苦しいのかぁ。そっかそっか、工学部必修の数理工学演習の単位も暑苦しかったのかぁ。取り消したほうがいいのかねぇ」
「いやまってそれがないとりゅーねんするんでほんとごめんなさい!」
『ふふっ、相変わらずね』
スマートフォンのスピーカーから、紗綾の笑い声が漏れる。
「エグすぎやろ……こういうのアカハラっていうんやないと……」
「冗談よ、取り消しなんか本当にやるわけないでしょ。でも、賞品はホントに提供するさぁ。何がいいだろ、ギフト券とか?」
『悦子先生、本当ですか?』
紗綾の声が響く。
「うん。優勝者には、五万円分のギフト券を贈呈しようかしらね!」
「ゴマンエン……!」
ふおお、と凉子がのけ反る。
「ちょっと待ってえっちゃん、なんでそんなに太っ腹なん」
「えっ? だって、そのほうがみんな燃えるでしょ?」
「そらまあ、そうやけど」
そして凉子はスマートフォンを持ち上げる。
「それじゃはるちゃん、グェンさんによろしくね。連絡待っとるけん。こっちは京極大のメンバーにも声をかけてみるわ」
『はぁい、ありがとね』
またねぇ、と遥香の声がして通話が切れた。
凉子はすぐに京極大のリサへ電話をかける。数コールで『まいど!』とリサの声が響いた。
「あっ、リサっち? そういうワケやから、よろしくねー」
『おいおいおい、どういうワケだよ! 全然わからんのだが』
「ええっ、マジで言いよっとね?」
『アタシをエスパーか何かと勘違いしてんのかよ……ってオイ! ズルいぞ姫子!』
電話の向こうから、何やら言い合っている声が聞こえてくる。
京極大の三人はいつものように集まってゲームをしているらしかった。
「楽しそうね」
そう言って小百合は、ふふっ、と笑う。
『助けてくれよ、お嬢! 姫子のヤツ、ズルばっかするんだよ!』
『なんやリサはん、こないなんはズルとは言わへんのや。戦術、言うんやで。よう覚えとき』
『そんなもん、どっちだって一緒だろうが!』
「相変わらずにぎやかね」
小百合は誰にともなくつぶやいて、苦笑いを浮かべた。
京極大のリサ、姫子、詠美の三人は、二週間まえに決勝ステージが開かれた《全国大学競プロ女子最強王座決定戦》で総合優勝を収めている。四十六校の競プロ乙女たちの頂点に立ったのだ。彼女たちはいつもゲームなどをしていて騒がしく、競プロにはそこまで情熱を注いでいるようには見えないけれど、その実力は本物だった。
ふと、部室の書棚に飾られたブロンズのトロフィーが目に入る。今にして思えば、決勝プールステージで彼女たちに勝てたのはとんでもなくすごいことだったのかもしれない。
『あー、アレや小百合はん……最近、カレシに壮絶なフラれ方をしてテンションがおかしくなっとるんや、リサはんは。堪忍したって』
『おい姫子! デタラメ言うな!』
「えっ、リサちゃんって、カレシいたの?」
何気なく訊ねてみる。
『あっ、まなたん! 違うんだよ、アタシは付き合ってるヤツとかいないし、フラれたとかそんなんあるワケないし!』
『……という感じでここ最近、現実を受け入れられへんねやなぁ、リサはんは』
『だから違うんだって! 詠美、助けてくれよ!』
『…………ドンマイ』
『味方がいねーッ!』
相変わらずの調子だった。
「それで、本題なんだけど」
『あっ、お嬢! お嬢はアタシの味方だよな!?』
「少なくとも、カレシがいないっていうのは理解したわ」
『うぅ……そこだけかよ……で、本題って?』
「今度、一緒にタイムアタック大会するのはどうかなって」
小百合が趣旨を伝えると、おおーッ、とリサは声を上げた。
『面白そうじゃん! いつやんの?』
「それは、まだ決めてないわ。とりあえず、参加者を決めてからね」
『オッケー。アタシは参加するけど、姫子と詠美は?』
『悪いけど、ウチはパスで』
『ええーッ! なんでだよ姫子!』
『エントリーシートの準備とか会社説明会とかで忙しいねん。OG訪問もあるし』
『なんだ就活かよぉ、マジメか! 詠美はどうするよ?』
『…………パス』
『なんだよ、つれねーな! まぁ、しゃーねーか……とりあえず、アタシは参加ってコトで!』
「オッケー、そしたらまた連絡するけん。早乙女大の三人にも声かけてあるっちゃね」
『りょーかい! あと、まなたん! アタシ、ホントにカレシとかいな――』
「ばいばーい」
リサが話している途中で、凉子が通話を切る。
少し不憫な気もしたけれど、それも含めていつもどおりだった。
「リサちゃん、必死だったね」
小百合が笑いながら言う。
「みんなわかっとるのに……でもまあ、なんや、面白くなってきたっちゃね」
にひひっ、と凉子が八重歯をのぞかせて笑う。
「そだね。どんな感じになるかわからないけど、楽しみだね」
わたしの言葉に、小百合と凉子はうなずいた。
しばらくして、解散の流れになる。三人で部室を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
(つづく)
おわりに
ここまで読んでいただいてありがとうございます。文学フリマ東京39の参加レポを以下の記事にまとめてありますので、ご興味あればぜひ!
再掲となりますが、おさかなゼリーさんのBOOTHにて販売しておりますので、ご縁があればとても嬉しいです。
2025年2月現在、青春ラブコメ小説やモキュメンタリーホラー小説の制作を手がけています。Nolaノベルに連載予定ですので、公開の際はぜひお読みください!(noteやXでお知らせいたします)
今後とも、なにとぞご愛顧のほどよろしくお願いいたします!
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