宗教哲学の定番書 ジョン・ヒック『宗教の哲学』
ジョン・ヒックの『宗教の哲学』。
宗教哲学の世界的な定番書のひとつ。2019年の12月にちくま学芸文庫に入りました。
あくまでも哲学の本です。信仰を擁護するための神学ではなく、宗教を哲学の対象として扱う本。
残念ながら訳文は読みづらいです。句読点の位置のためでしょうか、意味を取りにくい部分もちらほらあります。この辺は悪い意味で哲学書ぽい。
全体の構成は以下の通り。
・宗教の哲学とは何か
・ユダヤ・キリスト教的神の概念
・神の存在の同意する論証
・神の存在に反対する論証
・悪の問題
・啓示と信仰
・証拠主義・基礎付け主義。合理的信念
・宗教のことばの問題
・検証の問題
・諸宗教における相容れない真理の主張
・人間の運命 不死とよみがえり
・人間の運命 業と生まれ変わり
さまざまな神学者や哲学者の議論が紹介され、参照されていきます。
イレナエウス
アウグスティヌス
トマス・アクィナス
エックハルト
アンセルムス
ガウニロ
パウル・ティリッヒ
バルト
デカルト
パスカル
ヒューム
カント
ホワイトヘッド
ウィトゲンシュタイン
…などなど。
注意すべきは第5章の「信仰と啓示」から第8章の「検証の問題」までが、すごく専門的で難解な議論になっているところ。普通に通読しようとしたら、おそらくほとんどの人がここで投げ出すと思います。
しかし困ったことに、本書のハイライトはその直後の第9章「諸宗教における相容れない真理の主張」なのです。
ですからよほど自信のある人以外は、第4章の次に第9章を読んだほうがいいと思います。最低でも第9章だけは読んでおきたいところです。ここが著者の主張の肝ですから。
ジョン・ヒックの宗教多元主義
本書のハイライトとなる第9章「諸宗教における相容れない真理の主張」に何が書いてあるのかというと、著者ジョン・ヒックの思想である宗教多元主義が綴られています。
ヒックといえばこの宗教多元主義で有名なのです。ちなみに小説家の遠藤周作もヒックのこの思想から影響を受けています。
これを簡単にいうと、世界のさまざまな宗教は、ただ一つの絶対的真理が異なる現れ方をしたものだ、となります。
ヒックは本書で、カントの哲学を援用して説明しています。
カント哲学には物自体と現象の区別がありますよね。人間は物自体を認識できず、カテゴリーを通して構成された現象世界を認識できるだけだ、と。
ヒックはこのモデル(と彼が考えるもの)を宗教に応用しています。
究極の宗教的真理は物自体であり、宗教者たちはそれを体験する。ただしそれぞれのカテゴリーを通して体験する。そのカテゴリーは文化であり思想的伝統であり、さまざまに異なっている。こうしてカテゴリーの影響を受けることで、それぞれの宗教は唯一の真理を異なる形で反映させるというわけです。
ただしカントの場合は、カテゴリーの一般性が現象世界の普遍性を保証していたのですが(だから科学法則が外界に適用できるし普遍的に妥当する)
全人類がまったく同じ色メガネをかけるから、人間の目に現れる世界に、普遍的かつ客観的な法則が成立する。これがカントの発想。ヒックとは逆向きですよね。
ヒックの考え方は宗教哲学として見れば妥当性の高いものだと思いますが、カント解釈的にはだいぶ問題があるので、注意は必要です。
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