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星野源の哲学にきっとあなたも感化される。エッセイ集『いのちの車窓から』

星野源さんのエッセイ集『いのちの車窓から』の文庫版が、2022年1月に発売された。
星野さんのエッセイ集としては3冊目の作品で、2014年から2017年まで雑誌『ダ・ヴィンチ』で掲載されたエッセイが収録されている。

私は書籍版の発売当時(2017年)にすでに読んでいたけれど、文庫版を読み返し、あらためて星野さんのエッセイの魅力を再確認した。
そして私が思う彼の文章の魅力を、誰かに伝えたくなった。

今回のnoteはそんな趣旨でつらつらと書いたものだ。星野さんのファンではない人も、エッセイをあまり読んだことがない人も、気軽に読んでもらえたら嬉しい。そして内容が気になった人は、ぜひ本を手にとってみてほしい。


素朴で等身大。星野源の文章の魅力

星野さんは今や日本を代表する音楽家でありながら、俳優としても活躍。さらにその傍らで、文筆家としてもコンスタントに文章を書き続けている。

私は星野さんの1冊目のエッセイ集『そして生活はつづく』(文春文庫)を読んだことがきっかけで、彼の大ファンになった。

正直なところ、文章が特別ユニークだったり、表現力が段違いに優れているわけではない。しかし素朴で等身大で、嘘がない。「もっとこの人について知りたい」と思わされる、不思議な魅力がある。
周りの人たちとの関わり方や、日常の風景のとらえ方から、ありのままの星野さんの人間性が伝わってくるのだ。そして、星野さんがこれまでの経験の中で培ってきた信念や哲学のようなものを感じとることができる。

日々あらゆる物ごとを繊細に感じ取り、アウトプットする力があるからこそ、彼の音楽は多くの人に受け入れられるのだろう。


いのちの車窓から』には、なにげない日常について書かれたエッセイが多数収録されている。
ちょっと変わったタクシーの運転手、行きつけの蕎麦屋さんで聞いた音楽、自室のベランダから見えた景色。誰もが近しい経験をしたことがありそうだが、すぐに忘れてしまいそうなささやかな出来事。
星野さんはそういった日常の風景について、繊細に感じとったことを文章に落としこむのがとても上手い。

彼の代表曲である『恋』の冒頭の歌詞も、なにげなく外を散歩しているときに感じたことがトリガーとなって生まれたそうだ。

妙にいい匂いがする。
誰かが昼飯を作っている。
昔から、このどこからともなく香るご飯の匂いが大好きなのだけれど、一度もなんの料理を作っているのか特定できたことがなく、しかもそれを確かめる方法もないのでいつも歯がゆく思う。
(中略)
体調の不調もない、イライラもしていない、胸の窓が開き、季節が通り過ぎる風通しのいい心持ちである。寂しく、お世辞にもキレイとは言えない団地の景色が驚くほどに美しい景色になった。
ふと誰かの手を握りたくなった。キスをしたり、抱きしめたり、肌を重ねたくなった。こういう時に恋が生まれるのだなと思った。

星野源『いのちの車窓から』角川文庫, 2022 , p.171-172

文中で星野さんは、自身の音楽に、日本が持つ歴史的な雰囲気と「現在のリアルな気分」を混在させたいという想いがある、と綴っている。そのためには、自分自身が季節を感じることが大切だそうだ。

作品づくりにおける独自の哲学や、彼の音楽が多くの人に受け入れられている理由を、節々から感じとることができる。それも星野さんの文章の魅力のひとつだ。


なぜ星野源の周りには魅力的な人々が集まるのか

『いのちの車窓から』には、星野さん自身の交友関係についてのエッセイも多数収録されている。
古田新太さん、笑福亭鶴瓶さん、ハマ・オカモトさん、大泉洋さん、吉田羊さん、細野晴臣さん、ラジオ作家の寺坂直毅さん。そして2021年に星野さんとご結婚された、新垣結衣さん。
そんな著名人らの人間性が垣間見えるなにげないエピソードが、飾らない言葉で魅力的に綴られている。

『新垣結衣という人』というエッセイの中で、星野さんは次のように書いている。

僕は人を褒めるのが好きだ。人の素敵なところを見つけると、嘘は一つもなしで、あなたはここがすごいと伝えたくなってしまう。

星野源『いのちの車窓から』角川文庫, 2022 , p.177-178

私は、これこそが星野さんの周りに素敵な人たちが集まってくる理由ではないかと思っている。
つまり、好ましいと感じたものごとについて語るのが上手なのだ。星野さんはテレビやラジオで話すとき、「好き」「大好き」という言葉を頻繁に使う。そしてそれらに嘘がまったくないということが、話し方からも伝わってくる。

話は戻るが、新垣さんは褒められるのが得意ではないらしい。星野さんが直接褒めると「恥ずかしいので、もうやめてください」とたしなめられたそうだ。そうして直接言わなくなった褒め言葉や新垣さんと共演した際のエピソードが、文章に綴られている。
とても微笑ましく、私も特に好きな話のひとつだ。お二人の結婚に心が動いた人には、ぜひ読んでみていただきたい。


そしてもう一つ、多くの人に勧めたいエピソードがある。星野さんは病気の療養中に、こっそりTwitterをやっていたそうだ。

2013年、人との関わりが少ない入院生活の中で寂しさを感じ、フォロワー0人の状態でTwitterに登録。始めたての頃は誰ともやりとりできず、友達の輪はまったく広がらなかった。
しかし星野さんは諦めなかった。「音楽とイラスト好きの会社員」という設定でプロフィール欄を作り、趣味でイラストなどを投稿している人にリプライすることにした。

ついに「ありがとうございます」とささやかな返信をもらったとき、飛び上がって喜んだそうだ。Twitterで誰かから返事をもらうことの難しさを痛感したという。
そうしていろいろな人に賛辞を送ることを続けているうちに、やりとりが広がり、つながりが生まれていったそうだ。

人の素敵なところを見つけたら、素直に褒める。心からすばらしいと感じたら、直接想いを伝える。シンプルなようで、きっと誰でも簡単に真似できることではないだろう。私は星野さんのエッセイを読むたび、周りの人たちとの関わり方を見直すきっかけをいただいている。


星野源が書くことを仕事にした理由

なぜ、音楽と演技を生業にしている星野さんが、文章をも仕事にしたのか。理由はエッセイの中で語られている。

どれだけメールを送っても、考えても、書き直しても、文章は一向にうまくならなかった。
だったら仕事にしてみよう。

星野源『いのちの車窓から』角川文庫, 2022 , p.73

そうして星野さんは知人の編集者の方に直談判し、雑誌の欄外一言コラムを書く仕事を得た。

私は度肝を抜かれた。文章を書くことが好きだから仕事にした、という話は聞き慣れているが、あえて苦手なことを仕事にして上達を図ろうとした、という話はあまり聞いたことがない。ただでさえ多忙なのに、苦手克服のためにあえて仕事を増やすという選択肢を取るあたり、なかなかクレイジーだ。

もともと書くのが苦手だっただけあって、最初の頃は全然楽しく書けなかったそうだ。だがそんな苦しい状況にもくじけず、何年も書き続けるうちに徐々に楽しくなっていったという。
結果的には見事苦手を克服し、成功をおさめているのだから、感服せざるを得ない。

『文章』というエッセイの最後には、「今後の課題は、もっと完結かつ自由に喋り、相手に伝わる言葉で心のままに話せるようになることである」と綴られている。おごらず、自身を省みることを忘れず、向上心を失わない。この姿勢が、あらゆる分野に挑戦しながらも成功をおさめられる要因なのだろう。


人生の道標としての『いのちの車窓から』

私は文章を書くという趣味を仕事にしてみたいという想いから、1年近く学習に取り組んでいる。それはもうスロースペースだが、文章を書くのは嫌いではないし、それなりに楽しいと感じている。
しかし、ときには本業が忙しく学習に手が回らなくなり、心が折れそうになってしまうこともある。
そんなとき、星野さんのエッセイを読み返す。自分で自分の限界を決めつけず、視野を広げていく姿勢を取り戻すことができるのだ。大げさに聞こえるかもしれないが、人生の道標のように感じている。

星野源という人物に現時点では興味がなくとも、きっと彼のことが身近に感じられ、少し好きになる。そして前向きな力を得ることができるはずだ。
人生に少し疲れてきた人こそ、『いのちの車窓から』を読んでみてほしい。

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