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想像力
読書が好きで、自慢ではないけれどそれなりにたくさん本を読んでいると、必然的に想像力が高まっていくと思う。私が好んで読むのは小説だから、余計に。
想像力には、妄想や空想をするようなファンタジー要素があると同時に、現実を生きていく上で身を守るような要素があると思う。
ふとした瞬間、例えば電車に揺られているときとか、お風呂に入っているときとか、街を歩いているときとか、私はよく起こりえない出来事を想像してみる。水面の向こう側が異世界になるとか、妖精がどこからか飛んでくるとか。そこから一気に自分だけの想像の世界に入るわけだが、その世界には良いも悪いもない。ただ、起こりえないもしもの世界を想像して、物語的に楽しむだけだ。
だが、そのもしもの世界が、あるかもしれない世界の想像になると、とたんに現実味を帯びてくる。
この車両内にテロリストがいたら? 泥棒が押しかけてきたら? このビルが崩壊したら?
私は奇妙でワクワクするような「起こりえない世界」の想像はできるのに、奇妙でワクワクするような「起こり得るかもしれない世界」の想像ができない。いつだってそれは、怖くて、不気味で、恐怖心を煽ってくるものばかりなのだ。
私は自分のことをネガティブな人間だと思っているが、それは、ネガティブなことばかり想像してしまうところからきている。
例えば旅行に行くとき。
楽しみだなあという感情はもちろんあるのだが、それを押しのけて、上回るように「不安だなあ」という感情が顔を出す。
もし事故にあったら? 事件や災害に巻き込まれたら? 帰ってこられなかったら?
そんなこと気にしても仕方がない、なるようにしかならないというのが大半の人の意見で、なら旅行に行くなということになるのだが、どうやったってこの思考から抜け出すことができず、長く抱えている密かな悩みなのだった。
旅行だけではないし、自分に対してだけでもない。家族とか友人とか、他の人に対しても、必ず悪い想像がつきまとう。もっと、楽しい、幸せな想像ができたらいいのにと思う。笑顔で送り出せたらいいのに。
警戒心が強いことは、決して悪いことではないと思う。結果的に身を守ることにつながるかもしれない。けれど、警戒心でガチガチに固められた心は、その警戒が解けるまでとても扱いにくい。
想像力があることは、いつだってどんなときだって善だと思っていた。ない人よりある人の方がいい。世界が豊かになるから。
けれど、その想像力が悪い方向に働くとこもあるのだと、私は身をもって知っている。せめてポジティブな、楽しい想像をして、毎日を生きたい。