2023年に読んだ本 Best10
1年の振り返りを兼ね、2023年に読んだ本を整理した。今年読めたのは50冊。年初に立てた目標50冊をなんとか達成できた。
50冊にはおもしろかったもの、ふーんなもの、視野を広げてくれたもの、いろいろあった。せっかくなので、特に素敵だった10冊を選んで紹介したい。
まずは小説から5冊。
1.『六人の嘘つきな大学生』
評判になっていたので読んでみたやつ。「6人の嘘つき」とやらがどんな造形で描かれているか、くらいの気持ちで手に取ったが、とてもそれどころではなく、何重にも起こる伏線とどんでん返しの多重構造に最後まで圧倒され続けた。おもしろすぎて一気に読んでしまった。
物語の舞台は就職活動。ある花形企業の最終面接に残った6人の大学生は、協力して面接突破を図るも、面接ルールが突如変更される。協力関係からライバルへと一変した6人。そこに、何者かにより過去のスキャンダルが持ち出される。6人のなかの一体誰が犯人なのか。そして物語の舞台もまた一転し……という構成。
「犯人」探しが二転三転する構成がもうホントに見事で興奮が止まらなかった。その二転三転が、あくまで「人間」を描くことで実現していたのがまた素晴らしい。キラキラ大学生たちのメッキが剥げて、クズばかりと明らかになる一方で、クズだけども「真犯人」の動機には説得力があり、と思いきや最後の最後ですべてがひっくり返って、人間というものが肯定される。
本作が描くのは「人の多面性」であり、現代さらに多様性の増す「分人」の在り方だ。そのようなテーマを描くにあたり、就職活動という欺瞞の象徴のごとき営みは絶好だった。
映画化もされるようなのでとても楽しみ。
本当に素晴らしいお話だった。
2.『いつか憧れたキャラクターは現在使われておりません』
タイムラインに流れてきたので読んだ本。小学館ライトノベル大賞受賞作。vTuberの話と思って読んだが、ファンタジー的な青春小説だった。
「保健室で美少女に出会い、たまたまマイナーな音楽の趣味が合って意気投合、彼女には僕しかいなくて、毎日2人で秘密の時間を過ごすことに」という導入こそ俺TUEEE的というか、ご都合主義に思えたし、彼女が芸能人になる展開もなんだかなあとか思いつつ、読んでいくとそこにはきちんとした奥行きがあって、めちゃくそ楽しませてもらえた。
物語は、2人が出会った15歳の蜜月の季節と、彼女がアイドルになり主人公は高専生となって、道を分かってしまった19歳の現在と、2つの時間軸で描かれる。そこで、かつて2人で作ったキャラクター「ユラ」がなぜか現実世界に出現し……
この、15歳と19歳という絶妙かつ微妙な年齢設定がまず見事。主人公らが、尖っていた15歳の頃から、19歳になり妥協を覚えたことにつき、作られたキャラクターであるユラは「堕落」と断ずる。本作はこの変わりゆく自分への葛藤が主題であるところ、人間たちを「キャラクター」と対比することで、その是非を問うのが意欲的だ。
物語中盤、キャラクターをキャラクターたらしめるものは「同一性」だと整理される。キャラクターは変わることがないからこそキャラクター。一方で人間には「唯一性」があり、それは現実世界に設置しているが故に担保され、また、それゆえに変化せざるを得ない。その対比のもと、最後にはキャラクターの定義が拡張され、キャラクター、創作者、そして「受け手」の存在を巻き込みジンテーゼに至る。この構成がねえ、ホントに見事。
こうしてみると、この物語の主人公たちはやはり、15歳と19歳という年齢に選ばれねばならなかった。
という骨太のテーマを下敷きとしつつ、描かれる王道青春譚には胸がいっぱいになってしまう。読み終えた爽快感も何とも言えず、ああ、小説を読んでよかったなって思えた。
3.『テスカトリポカ』
地球の裏側から逃れて川崎まで辿り着いた麻薬王とか、闇心臓外科医とか、それら群像とアステカ神話のお話。第165回直木賞受賞。
「バイオベンチャーモノ」という紹介をなにかで見て手に取ったものの、企業モノではなかった。が、有志達があるビジョンの下に集まり役割をこなして巨大ビジネスを立ち上げる、という点では確かにベンチャー話ではあった。闇ビジネスの世界が興味深く描かれ、物語がどこに向かうのか常に読めずドキドキして、読み終えればその大河的壮大さに脱力感すら得られる、幸福な読書体験だった。
本作は「人物設定開陳小説」とでも呼ぼうか、人々の数奇な半生が丁寧に、しかしエピソードベースでサクサク描かれ、まずおもしろい。各人物の「専門家」としてのディテールの細やかさも魅力。巻末の参考文献の数々を見ると、どれも著者が丁寧に調べたことが伺われ、まさに「神は細部に宿る」である。
アステカ描写の熱さも言うまでもない。生贄信仰は、ともすれば不条理な登場人物たちの行動にリアリティを与えていた。
気になったのは、これを日本人が書いたことの意味だ。登場人物のひとりリベルタはカトリックを否定する。カトリックが、リベルタの信仰するアステカの神々を悪魔とみなし、迫害したから。近代西欧文明に文字通りに上書きされた土着文明、という構図は視覚的にも示される。そのような多神教文化による復讐を、同じく多神教社会の日本人が地球の裏側にて書いたことの意味。地震の話も、明らかに二つの土地を重ねていた。単に、読者層である日本人にとって馴染みやすいようにしただけだろうか?
タイトル「テスカトリポカ」の意味が明らかになるシーンには驚きがあった。煙を吐く鏡。その言葉や描写は常に出てきていたのに、答えを明かされると「なるほど!」となる。
4.『ズッコケ中年三人組 45歳の山賊修行中』
『ズッコケ三人組』といえば児童文学の金字塔。図書館に必ずあったシリーズだ。僕は大ファンで、なかでも第10作『ズッコケ山賊修行中』は、主人公たち三人組がカルト的土着信仰集団に誘拐されるという、ちょっとショッキングなお話で印象に残っていた。
が、まさかその続編が書かれていたとは知らなかった。本作『45歳の山賊修行中』は2018年刊行。前作の誘拐劇が昭和53年の出来事とされ、実に30年以上後の現実世界が描かれる。
『ズッコケ三人組』シリーズは宇宙に行ったり、タイムスリップしたりと、児童書ならではの冒険譚、いわばファンタジーである。それを大人目線で「リアル」に描く。30年以上前に失踪した息子を探し続ける高齢の母親の登場とか、もはやホラーの域にも思えた。が、おもしろさは折り紙付きで、つい最後までイッキ読みしてしまった。
本作の目玉は何といっても、前作に登場したカルト集団(くらみ谷)のその後である。これは意外な事実が明らかにされるが、その展開に僕は合理性を感じた。高度経済成長が完成してバブルに突入する80年代後半、さらにはインターネット時代を前提としたとき、谷をあのような運命に描くことは必然だったように思う。悲しいけれど。
一方で、物語の構成を注意深くみると、谷の話はマクガフィンであり、本作の主題は「結婚」にあることもわかる。中年となったハチベエ、モーちゃん、ハカセの恋愛事情・結婚事情はほろ苦く、そこには確かな人生があり、そしてそれでも、三人はあの三人で安心するのだった。
それにしても、くらみ谷出現シーンは鳥肌だった。子どものころドキドキしながら三人の誘拐生活を眺めた谷が、あんなふうに立ち現れる。驚いたなあ。
5.『マリアビートル』
『マリアビートル』は伊坂幸太郎の「殺し屋シリーズ」第二作。2022年にはハリウッド映画化もされた。第三作『AX』も今回合わせて読んだけど、シリーズでは『マリアビートル』が一番好きかな。
物語は伊坂幸太郎の十八番である多視点展開。(1)とにかくツイてない殺し屋の「七尾」、(2)双子の凄腕殺し屋「檸檬」と「蜜柑」、(3)アル中の殺し屋「木村」、そして(4)木村を捕らえた中学生「王子」の、4つの視点が錯綜して展開される。かれらはみな同じ新幹線に乗り合わせ、トラブルに翻弄されていく。
僕は伊坂幸太郎ファンなので、もうねえ、とにかくめちゃおもしろい以外の感想はない。読んで大興奮。最高だった。コミカルタッチの展開や、人物たちのクセに蘊蓄、さりげない伏線にどんでん返し。もうねえもうねえ、ホントもう、最高だったよ。
というと「ファンとか言いながらなんで今頃これ読んだの?」って言われそうだけど、好きな作者ほどもったいなくて積んじゃうのよね。なので未読の伊坂本もまだまだ多数。残りの人生飽きないぜ。
ところで伊坂幸太郎はプロットを書かないと言われるけれど、分解してみると本作もきっちり三幕構成になっていて、物語のちょうど1/4、2/4、3/4の箇所、つまり2つのプロットポイントとミッドポイントに、きっちりアサガオのエピソードが挟まれている。各視点のエピソード数も概ね均等に割られていて、構成の見事さにもため息が出た。
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と、小説5冊に続いては、ノンフィクション5冊を紹介したい。これらも視野を広げてくれた本たちばかり。
6.『レイテ戦記』
『レイテ戦記』は大岡昇平による戦争文学。太平洋戦争末期のフィリピン・レイテ島を巡る戦いの戦況推移を、戦史を丁寧にひもとき、まとめている。発表は1967年から1969年。大岡昇平自身は1944年にフィリピン・ミンドロ島に配置され、その後米軍の捕虜になっている。自らの体験に基づき虜囚生活を綴った『俘虜記』を戦後間もない1948年に発表しており、今回こちらも併せて読んだ。
太平洋戦争というとみじめな敗戦のイメージがあったが、本書を読むと、ミッドウェイ後もそれなりに希望があったことがわかる。少なくとも台湾沖航空戦、比島沖海戦までは、戦局を好転させる期待があった。特に、44年の大統領選を見越して米国世論も睨んでいたあたりはなるほどと思った。が、その一方で、客観的にそれら期待値が大きかったとも言い難く、さらにはそれら敗戦により一気に敗勢に傾くも継戦せざるを得なかった組織体質に、敗けるべくして敗けた理由を改めてみた気がする。という組織体質も、勤め人となった現在はまるで自分事のように感じられ、共感性羞恥がやばかった。
といった戦略的大局も踏まえつつ、その焦点としてのレイテ島が描かれる。密林での日米部隊のそれぞれの奮戦は本当に恐ろしくて、紙屑でも薙ぐように人が死に、焼夷弾により虐殺されるが、戦場の霧が辺りを包んで、事が思うように運ぶわけでもない。現地参謀と大本営の温度差、米軍の物量、フィリピン人部隊の位置づけ、輸送作戦のヤバさ、野戦病院の状況、神風特攻隊の編成開始と初期の威力、島からの脱出行の様子、米軍の政治的な思惑、などなど、当時のリアリティを追体験することができた。
ところで、『俘虜記』で綴られる大岡昇平の戦争に対する見方、その体験は、21世紀の現在あちこちで語られるそれとは微妙に違って感じられた。一次資料的な意味での、経験世代の声を大事に心に留めたい。
僕は親族がレイテ島にて戦死していて、その所属部隊の足跡も追うことができてよかった。
7.『人類は何を失いつつあるのか』
元京都大学総長で人類学者の山極壽一と、南米からアフリカまでを旅した探検家・関野吉晴による対談本。本書に先立ち、山極壽一と小川洋子の『ゴリラの森、言葉の海』と、関野吉晴の『グレートジャーニー 地を這う』も読んだ。
本書では、山極壽一が研究分野であるゴリラから、関野吉晴が人類の出アフリカから、それぞれ知見を出し合い、人類の旅とヒトについて語られる。「家族」がいかに成立したのか、「文化装置」としての父親、ヒトのメスの発情の特異性、狩猟採集民の紛争解決方法と現代の戦争、平等意識の芽生え、交換的経済、等々。
現代においては、個々人の属性がとりわけセンシティブに扱われる。が、こうしてゴリラと比べられると、人間がやはり動物の延長にあること、この肉体や習性が進化を経て獲得されたがゆえに、レトリックで取り繕おうとも逃れられない差異はあることがわかる。同時に、それらを敢えて糊塗しようとするのが文明・文化の偉大さとも思うので、だからこそ前提となるヒトのことをよく知れてよかった一冊。
8.『世界の辺境とハードボイルド室町時代』
こちらも対談本。著者はソマリアやミャンマーなどのルポで知られるノンフィクション作家・高野秀行と、明治大学の歴史学者・清水克行。内戦後のソマリ社会と日本の室町時代がすごく似ている、という気づきから本書は生まれたとされる。
本書を読んでまず気付かされるのは、室町時代という風景のおもしろさ。統一国家建設が図られた古代を背景として、律令社会が築かれた中世では戦国大名による秩序化が図られるけど、支配はすべてにいき渡っていたわけではない。むしろ支配は限定的で、例えば路地での殺人にまで法が及ぶわけではなかったり、村や慣習の法があったりする。
そうした、僕らがいま想像できる法治よりもさらに以前の社会が、現代のアフリカ社会とも通じている、という普遍性がおもしろかった。
エピソードとしては、内戦後の武装解除と刀狩りの類似性とか、武器の象徴性として刀とピストルが似ていること、イスラム主義と織田信長の類似性、あとは傾奇者とか恋と歌の文化(日本においては短歌)とか、客人や預かり者の扱いとか、対比して気付かされることが多かった。
歴史の話としてもおもしろかったし、なにより、現代の自分の持つ価値観が決して普遍のものではないことを、現代的価値観もまた特異であることを、改めて教えてくれる一冊だった。
9.『人類にとって「推し」とは何なのか』
価値観・文化といえば、その現代的なもののひとつに「推し」があるだろう。残念なことに僕は「推し」をもたない。ので、当事者としては理解できない。だけれども理解はしたくて読んでみた本。「イケメン俳優オタク」の著者が当事者として、「推し」の素晴らしさを、極めて読みやすく教えてくれた。
「推し」とは一種の宗教であり、ときに自分を律する規範(=お天道様)となり、そのような軸を持つことで社会にの生きづらさを乗り越えようとしている、という説明はなるほどと思った。また、ゆとり教育により「オンリーワン」を求められるも個性迷子になってしまった人たちにとって、「推し」という行為が救いになっている、という話もなるほど。
もっとも僕としては、「推し」のブームはそろそろピークに至り、今後数年で「推し疲れ」が来ると予想してるが、そうした先々を想像するうえでも参考になる一冊だった。読めてよかった。
そういえば本書と並行して『くたばれ地下アイドル』という短編小説集を読んだけど、こちらも小説として普通におもしろかった。が、賞味期限のある話のようにも思った。第14回R‐18文学賞受賞作。
10.『現代思想 特集=「陰謀論」の時代』
現代的価値観としてもうひとつ欠かせないのが「陰謀論」。疑似科学なども包含される。陰謀論として語られる物語自体が、荒唐無稽でありつつもロマンがあっておもしろい。そして、合理的に考えればそんなはずはないのになぜ人々は信じるのか、そこに興味があり、体系的に理解したくてこの特集を読んでみた。
陰謀論の歴史や、社会的メカニズム、信じてしまうこの心理的メカニズム、類型、様々な事例が整理され、陰謀論というものを多面的にとらえることができてよかった一冊。めちゃおもしろかった。
結局のところ陰謀論は、それそのものの問題というよりは、そのようなものを信じなければならない信者の状況、あるいは信者をそのような状況に追い込む環境にこそ問題がある。いかに陰謀論の非合理性を解こうとも、そうした問題を解決せねば解消はできない。ということが分かったのが大きな収穫。また、米国で蔓延することの構造的な背景は、米国の「強さ」を実現する構造の副作用、必要悪にも思えた。
そんでもって、古今東西の陰謀論はやっぱりうさん臭くておもしろかったな。
次点
以上が今年のベスト10冊だけど、他にも面白かった本がいくつもあったので、書名だけでも挙げておきたい。
『メカニズムデザイン』は社会の平等や衡平を記述するための(あるいはその限界を記述するための)数理的モデルを扱った本。今ある議論を俯瞰できて参考になった。
『探偵の現場』は探偵社の実務の紹介。浮気調査がほとんどって知らなかった。割と地道な探偵手法や、それから中年の浮気について詳しくなれた。
『僕の仕事はYoutube』は10年前に書かれたHikakinによるYoutuberの紹介本。Hikakin、アンタ10年も前からこんな努力をしてたんだな。すげえよ。と、尊敬が深まった。
『時間SFの文法』は古今東西の時間SFの手法を類型整理していて、おもしろいし、時間SFを考えていく上での基礎資料としてもありがたかった。
ウクライナ戦争にかねてより関心を持っており、より深く理解するため 『ロシア語られない戦争』『プーチンの正体』『戦場の掟』『戦争広告代理店』『独ソ戦』あたりを読んだ。米国の戦争犯罪告発が本当にかわいくみえる。おそロシアおそロシア……。
『新潟SFアンソロジー』は僕も参加した有志アンソロジー。こちらの感想&紹介記事はこちら:
2023年、振り返るとおもしろい本たくさん読めたなあ。2024年も素敵な本に出会いたい。