回送電車を見送るホームで、好きなバンドのメロディは疲れた体のはるか上空を通り過ぎた。ベースとドラムの振動だけが耳から骨髄を伝って、地面と爪先の間で行き場をなくしている。 思い返せば一年生の春にもこんな日があった気がする。上京したばかりの知らない街と新しい人間関係の中で、愛想笑いと気まずさの残る沈黙を繰り返す。そんな一日の終わりは、すり減った心のカスみたいなものが胸の辺りにしんしんと降り積もって、スマホをいじる指先が微かに痺れた。 あの頃は「かっこいい男子いた?」とか「好
その昔、人類は異なる形をしていた。二人の人間がおなかのあたりでくっついて一人の人間として存在していた。手足は四本ずつあったし、頭も二つあったのだ。 神にたてついた人間に腹を立てたゼウスは、あることを思いついた。人間を半分にしてしまえば力も弱くなって神に反抗することはなくなるのではないか。ゼウスは早速人間の体を半分に割いた。それが今の人間。だからわたしたちはかつて生き別れた半身を一生かけて探すのだ。 「今、こころを読んでるんだ」 その言葉に一瞬、混乱した。この人って超
「よし」 朝ごはんを終えてリップを塗り直したところで、アイシャドウをしていないことに気がついた。決して広くはない洗面台に立つと、横の滑り出し窓からひんやりとした風が吹き込む。季節の変わり目に胸がそわそわと落ち着かなくなるのは、誰かを思い出すからだ。 グラデーションになっているパレットから数色を選び、順にまぶたに乗せていく。目尻の三角ゾーンに明るい色を持ってくるのが最近のトレンドだと何かで見たので、思い切って濃いめのピンクを入れてみた。こげ茶色のラインを軽く跳ね上げ、仕上
8月2日、10時台の子ども科学電話相談で小学3年生の男の子、けんくんが「差別はどうしてなくならないのですか?」と質問した。 けんくんは「どうしてこの質問をしようと思ったの?」と聞かれて「僕はハーフで、肌の色が少し茶色いの。歩いているだけでもジロジロ見られるし、会う人会う人に「ハーフなの?」と聞かれて、最初はよかったけれど、知らない人にも聞かれるからだんだんイライラしてきちゃって」と答える。 回答は恵泉女学園大学学長の大日向雅美先生。 聞くひとはただ聞いているだけで、
7月は、先輩方から紹介があったボランティア関連のイベントや活動団体に積極的に参加してみたので、その感想と今度の方針、そして夏休みの予定を少し書いてみます。 毎年のことではあるけれど、梅雨が苦手。雨が続くと心にもどんよりとしたものが溜まっていくような気がする。心の澱を洗い流してくれるような、気持ちのいい雨の日もあるのだけど。この時期の自分とうまく付き合えた経験がほとんどない。笑 ボランティア関連のイベントについては、他の参加者の方と自分を比べて落ち込んだというのが正直な
草の匂いが鼻腔をくすぐる。何か小さいゴツゴツしたものが体に当たっている。痛い。体を起こすと、目の前には大きな灰色の壁。びっしりと緑の苔が生えている。ああ、そうだ。僕は猫になったんだった。 この星を突然襲った謎の生き物によって、人類はあえなく滅亡した。奴らはゆっくりと時間をかけて、人類を内側から侵食した。美味しい食べ物のフリをして。 初めは世紀の大発見だと言われていた。深海研究の第一人者とも言われる研究所の博士が新種の魚を発見したのだ。長い間、水深八千メートルより先には